﻿_id	都道府県コード又は市区町村コード	NO	都道府県名	市区町村名	名称	名称_カナ	名称_通称	名称_英語	文化財分類	種類	場所名称	住所	方書	緯度	経度	電話番号	内線番号	員数（数）	員数（単位）	法人番号	所有者等	文化財指定	利用可能曜日	開始時間	終了時間	利用可能日時特記事項	画像	画像_ライセンス	概要	概要_英語	説明	説明_英語	URL	備考
1	342076	1	広島県	福山市	明王院五重塔	みょうおういんごじゅうのとう	""	""	国宝	建造物	草戸町　明王院	""	""	""	""	""	""	1	基	""	""	19449	""			""	""	""	""	""	"この塔は貞和4年（1348年）住持頼秀のとき，一文勧進の小資を積んで造られたものである（伏鉢の銘）。和様の形態をよく整え，手法も雄大で南北朝時代を代表する建築で，全国屈指の古さを誇っている。
内部は精麗な壁画と文様があり，特に四方の壁画に描かれた真言八祖行状図，四天柱の金剛界三十七尊，長押【なげし】・天井などには唐草文・花鳥・飛天などが描かれ，当初の彩色をこれほどよく残した塔は他に類例がなく注目されている。なお，表に五大虚空蔵菩薩，裏に兜率【とそつ】浄土を描いた仏壇の来迎図は，明治年間皇室に移され，現在東京国立博物館に保管されている。"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64287.html	""
2	342076	2	広島県	福山市	明王院本堂	みょうおういんほんどう	""	""	国宝	建造物	草戸町　明王院	""	""	""	""	""	""	1	棟	""	""	23523	""			""	""	""	""	""	"明王院は現在真言宗大覚寺派であるが，もとは常福寺といい律宗の寺院で，大同2年（807年）弘法大師の開基と伝えられている。江戸時代に明王院と改称された。
本堂の建立については昭和37・38年（1962・63年）に実施された解体修理により，内陣蟇股【かえるまた】に「紀貞経代々二世悉地成就元応三年三月十四日沙門頼秀」の墨書が発見され鎌倉時代の元応3年（1321年）の建立であることがわかった。さらに現本堂の下に本堂の前身と推定される掘立柱穴が点在することが発掘調査によって確認されている。
本堂建立後，元和7年（1621年），元禄3年（1690年）の修理で改変を受けたが，解体修理によって忠実に旧規に復元された。本堂平面は前面2間を外陣とし，後部を内陣とする典型的な本堂となっている。様式は全体的に和様の姿をとりながらも，その木割や細部には大幅に唐様が採用されている折衷様の最も古いもので，外陣の輪だるき天井は極めて珍しい手法である。尾道の浄土寺本堂（国宝）とともに内海地域で最も古い建物として貴重なものである。
厨子は春日厨子で扉の内側に蓮を描いた美しいもので，木造十一面観音立像（重文）を納める。 "	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64279.html	""
3	342076	3	広島県	福山市	安国寺釈迦堂	あんこくじしゃかどう	""	""	国指定重要文化財	建造物	鞆町　安国寺	""	""	""	""	""	""	1	棟	""	""	9977	""			""	""	""	""	""	"備後の安国寺は暦応2年（1339年）足利尊氏が国ごとに建立した安国寺の一つである。堂内の法燈【ほっとう】国師坐像（重文）の躰内墨書及び達磨【だるま】大師位牌【いはい】（県重文）の銘により，この寺の前身に金宝寺があったことが明らかとなった。
現在の釈迦堂は，金宝寺の仏殿と伝えられ，その後慶長4年（1599年），明和2年（1765年）の大修理を経て昭和8年（1933年）解体修理がなされた。
宗様は鎌倉時代初期，宋より帰国した僧栄西によって導入された建築様式で，この釈迦堂の随所にこの様式を見ることができる。
尾だるきの組み入れ，屋内架構の複雑さ，堂中央の鏡天井等その内部の構成はすばらしい。また軒の反りは大きく，軒廻りは大疎【まばら】だるきとし，桟唐戸，弓連子（波欄間）を設けている。
これらはいずれも禅宗様の特徴をよく備えたもので，典型的な禅宗様仏殿として貴重なものである。

"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64100.html	""
4	342076	4	広島県	福山市	福山城筋鉄御門	ふくやまじょうすじがねごもん	""	""	国指定重要文化財	建造物	丸之内一丁目　福山城	""	""	""	""	084-922-2117	""	1	棟	""	""	12077	""			""	""	""	""	""	"福山城本丸の正門で西向きに建っている。元和8年（1622年）伏見櫓と共に伏見城から移築したものといわれている。
下層の各柱には根巻き金具を付け四隅に筋金具を打ち，鏡柱の見付けと見込みに大小の乳金具を打ち付けている。門扉は内開き二枚建てで12条の筋鉄を鋲打ちし，乳金具を飾っている。
上層は正面左端に出入口を設け，正面中央・右端と南側にそれぞれ格子窓を設け，内部床は拭【ぬぐい】板敷き，小屋梁天井となっている。
外部は柱・土台・長押の木地型を出し，たるき・屋根妻・破風板・懸魚にいたるまですべて白亜塗りとしている。"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64286.html	""
5	342076	5	広島県	福山市	福山城伏見櫓	ふくやまじょうふしみやぐら	""	""	国指定重要文化財	建造物	丸之内一丁目　福山城	""	""	""	""	084-922-2117	""	1	棟	""	""	12077	""			""	""	""	""	""	"この櫓は元和8年（1622年）城主水野勝成の福山城築城にあたり，将軍徳川秀忠が伏見城の一部移築させたという。昭和29年（1954年）の解体修理の際，梁の陰刻に「松ノ丸ノ東やぐら」とあるのが発見され，移築の伝えが正しいことが明らかになった。
櫓は初層と二層は同じ平面の柱割で，東西方向に棟を付け，さらにその上に下層よりやや小さい三層を載せ，南北棟の入母屋造りの屋根としている。内部は階段を付け，床板敷き，小屋梁天井とし，外部は東・西・南に多くの窓を開いている。北を正面に建てられている。これらの構造や手法は，城郭研究史上初期の様式を残す，慶長年代の建物の典型として貴重である。また，伏見城の確かな遺構としてきわめて価値の高いものである。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/65121.html	""
6	342076	6	広島県	福山市	沼名前神社能舞台	ぬなくまじんじゃのうぶたい	""	""	国指定重要文化財	建造物	鞆町　沼名前神社	""	""	""	""	""	""	1	棟	""	""	19677	""			""	""	""	""	""	"この能舞台はもと伏見城内に所在した組立式の舞台を福山初代藩主水野勝成が伏見櫓等とともに拝領し，福山城に移したと伝えられている。その後，万治年間3代勝貞の時，当社に寄進し，元文3年（1738年）現在のような固定式としたものである。舞台の随所に組立式の様式を留め，各部材に番号・符号を付け組立ての便をはかり，屋根は框【かこい】組み（パネル式），仕口はほぞ差しとしている。
鏡板は剥脱【はくだつ】がみられるが松と竹を描く当初のもので，桃山時代の仮設的な初期能舞台の特徴をもつ貴重なものである。なお，現在の橋掛り及び楽屋等は後の建物である。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64291.html	""
7	342076	7	広島県	福山市	磐台寺観音堂	ばんだいじかんのんどう	""	""	国指定重要文化財	建造物	沼隈町　磐台寺	""	""	""	""	""	""	1	棟	""	""	20634	""			""	""	""	""	""	"この観音堂は元亀年間（1570～1573年）に毛利輝元により建てられたと伝えられ，自然と調和して見事な景観をつくりあげている。禅宗伽藍には珍しい和様の建物で外部は丹塗で内部格天井には藤井松林（1824～1894年）などにより極彩色の百花図が描かれている。この御堂の当初平面は正四角形であるが，寛文年間（1661～1673年）に堂後方の奥行一間を付け足したという。しかし，主要部は建立時の姿を残しており，組物など細部手法は室町時代最末期の様式をよくあらわしている。海に面した岩頭上にあり強風をうけるこの観音堂は，岩と建物基部を強固に固定し，建坪を岩上いっぱいにとり，縁を軒より張り出させ，寄棟造の屋根をかぶせた美しい建物である。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64220.html	""
8	342076	8	広島県	福山市	吉備津神社本殿	きびつじんじゃほんでん	""	""	国指定重要文化財	建造物	新市町　吉備津神社	""	""	""	""	""	""	1	棟	""	""	23891	""			""	""	""	""	""	この本殿は，規模が大きいことと備後・安芸地方によくある「余間造り」の平面をもっている。社殿は，向拝三間・正面千鳥破風・軒唐破風を持った堂々とした江戸初期の建築でありながら，室町時代の風格と桃山彫刻を具備した優美な蟇股を備えている。高欄の擬宝珠の刻銘や文書により慶安元年（1648年）の建立が立証でき，この建物が時代考証の尺度としても価値がある。	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64203.html	""
9	342076	9	広島県	福山市	太田家住宅	おおたけじゅうたく	""	""	国指定重要文化財	建造物	鞆町鞆	""	""	""	""	""	""	9	棟	""	""	33389	""			""	""	""	""	""	"主屋を中核に炊事場，西蔵，釜屋，南保命酒蔵，北保命酒蔵，東保命酒蔵，北土蔵，新蔵及びその土地からなる。
本住宅は，江戸中期から明治にかけて酒造業で栄えた商家の構えであり，附属建物は保命酒等の各種酒類の醸造や貯蔵のための施設である。
道路に囲まれたほぼ一区画を占める広い敷地に，主屋や土蔵が建ち並ぶ姿は壮観で，鞆の歴史的町並みの中心となる町家として重要である。建築年代は18世紀中期の主屋から，19世紀前期の新蔵に及ぶ。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64293.html	""
10	342076	10	広島県	福山市	太田家住宅朝宗亭	おおたけじゅうたくちょうそうてい	""	""	国指定重要文化財	建造物	鞆町鞆	""	""	""	""	""	""	3	棟	""	""	33389	""			""	""	""	""	""	"主屋，門屋，離屋及びその土地からなり，南及び東側の海に面する護岸上に建つ。
朝宗亭は，藩主の御成に使われた商家の別宅で，格式をそなえた造りのよい町家である。通りを挟んで建つ本宅（重文「太田家住宅」）とともに現存している点で貴重であり，鞆の港に面していて歴史的町並みの景観を構成する上でも重要な位置をしめている。
建築年代は，主屋・門屋は文化元年（1804年）までには竣工し，離屋は18世紀後期の建築を同年代に移築したものと推定される。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64285.html	""
11	342076	11	広島県	福山市	磐台寺客殿	ばんだいじきゃくでん	""	""	県指定重要文化財	建造物	沼隈町能登原　磐台寺	""	""	""	""	""	""	1	棟	""	""	22734	""			""	""	""	""	""	この寺は，暦応年間（1338～1342年）に覚叟建智【かくそうけんち】が開いたものと伝えている。一時衰退し建物は荒廃したが，元亀年間（1570～1573年）に毛利輝元によって観世音菩薩を安置する観音堂とともに再建されたと伝えられる。この客殿は，中央に仏壇の間を設け，左右に書院と奥の間を配した禅宗の方丈建築で，欄間の意匠もすぐれている。	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64221.html	""
12	342076	12	広島県	福山市	明王院庫裡	みょうおういんくり	""	""	県指定重要文化財	建造物	草戸町　明王院	""	""	""	""	""	""	1	棟	""	""	22734	""			""	""	""	""	""	" 寺記によると書院とともに福山初代藩主水野勝成により再建されたものと伝えられ，建物にその痕跡が認められる。
 小屋組が古式で規模も雄大であり，書院形式の初期の技法をとっている。特に玄関や板敷き広間の天井は小屋組を露出させ，また淡彩の山水・花鳥・動物を襖に描くなど江戸初期の風格を示している。昭和38年（1963年）書院とともに解体修理された。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64288.html	""
13	342076	13	広島県	福山市	明王院書院	みょうおういんしょいん	""	""	県指定重要文化財	建造物	草戸町　明王院	""	""	""	""	""	""	1	棟	""	""	22734	""			""	""	""	""	""	"小屋組は古式で手法も古く，１間毎に柱を建てた書院形式初期の技法をとる江戸時代初期の建築である。
建物の平面を田の字に配し，四周を広縁と廊下で取り囲んでいる。南側に15畳，続いて10畳の間をとり，北側に12畳と8畳の間が並んでいる。特に北側の8畳は貴賓の間で床，棚，付【つけ】書院を備え，12畳にも付書院が設けられている。その部屋は明暦2年（1656年）徳川家光の位牌堂に転用されていたが，昭和38年（1963年）解体修理時に旧規に復されている。
また，玄関は式台に上り段を設けたもので，屋根は向唐破風【むかいからはふう】である。花鳥を描いた襖絵も狩野派のすぐれた作品である。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64280.html	""
14	342076	14	広島県	福山市	弁天島塔婆(九層石塔婆）	べんてんじまとうば	""	""	県指定重要文化財	建造物	鞆町　弁天島	""	""	""	""	""	""	1	基	""	""	19996	""			""	""	""	""	""	"この石塔婆は現在九層であるが，旧記に「十一重石塔」ともあり，もとは十一層の石塔婆であったと考えられ，現石塔第四層の上部が不自然となっている。相輪の上半分が欠失しているのは惜しまれる。
各屋根ごとに低い軸部を作り出し，軒は厚く，力強い反りは両端で適当に反転し，初重軸部には薬研彫【やげんぼり】で彫られた金剛界四仏の梵字【ぼんじ】（種子【しゅじ】）と「文永八年（1271年）六月十五日」（廿五日とする説もある）の記年銘が見える。　鎌倉時代の形式と手法を十分に発揮した優れた作品であり，県内在銘の石塔中最古のものである。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64284.html	""
15	342076	15	広島県	福山市	明王院山門	みょうおういんさんもん	""	""	県指定重要文化財	建造物	草戸町　明王院	""	""	""	""	""	""	1	棟	""	""	20178	""			""	""	""	""	""	"この門は棟札により慶長19年（1614年）の再建であるが，その創建はさらにさかのぼると思われる。現在の山門の建築材は新旧二様の材料に分かれ，建物上部の斗きょう・軒などは新様で，旧様は軸部の柱・腰長押・台輪などに見られ，室町様式の木割を残す雄大で豪壮な門である。
なお，降棟に龍頭瓦を乗せており，鞆町安国寺釈迦堂の屋根のものよりやや小形で珍しいものである。  
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64107.html	""
16	342076	16	広島県	福山市	沼名前神社鳥居	ぬなくまじんじゃとりい	""	""	県指定重要文化財	建造物	鞆町　沼名前神社	""	""	""	""	""	""	1	基	""	""	20856	""			""	""	""	""	""	"沼名前神社は鞆祇園社ともいい，延喜式神名帳に所載するいわゆる式内社で，古くから多くの人々の信仰を受け，福山藩主水野氏の尊崇を厚く受けた神社である。
この鳥居は，寛永2年（1625年）2代水野勝重（後の福山2代藩主勝俊）が長子勝貞（3代）の誕生にあたり，息災延命を願って当社に寄進したものである。
鳥居の形式は普通の明神鳥居であるが，笠木の先端に丸味を付けて反り上がり（肥前鳥居という）その上に鳥ぶすまを載せた特異なもの。
なお，左の柱に「大工　肥前之住人中島弥兵衛」とあり，鳥居伝来を物語る興味ある銘である。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64292.html	""
17	342076	17	広島県	福山市	宝篋印塔	ほうきょういんとう	""	""	県指定重要文化財	建造物	新市町金丸	""	""	""	""	""	""	1	基	""	""	21203	""			""	""	""	""	""	宝篋印塔の名称は，元々は内部に「宝篋印陀羅尼」の経文を納めたことに由来している。しかし，その後は供養のためや墓石として用いられるようになった。この石塔の基礎には，康暦2年（1380年）に供養のため建てたという刻銘がある。当地にはこの宝篋印塔の他に2基あり，これら3基の宝篋印塔が一定の規格を持って造られていたことがわかる。（指定となっているのは写真中央のもののみ）	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64204.html	""
18	342076	18	広島県	福山市	神辺本陣	かんなべほんじん	""	""	県指定重要文化財	建造物	神辺町川北　個人所有	""	""	""	""	""	""	7	棟	""	""	25321	""			""	""	""	""	""	"江戸時代の神辺は，備中矢掛と備後今津の中間に位置する山陽道の宿駅として栄えた。
神辺本陣は，よく往時の状態を保っている。尾道屋菅波家は代々酒造業を営み，寛文年間（1661～1673年）に筑前黒田家の本陣役を勤めたことに始まる。延享3年（1746年）に建てられた本陣の本屋（平屋建瓦葺）は，御成の間，上段の間，三の間，札の間，玄関，敷台にいたるまで，参勤交代の諸侯が宿泊した当時のおもかげをそのままにとどめ，さらに札の間には諸侯の投宿時門前にかかげた木札も数多く伝えている。この建物は天保2年（1831年）に修復され，背後には馬屋も残り，安政2年（1855年）の建築という正門と木造瓦葺の塀がよく本陣の風格を保っている。    
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64252.html	""
19	342076	19	広島県	福山市	観音寺表門	かんのんじおもてもん	""	""	県指定重要文化財	建造物	北吉津町　観音寺	""	""	""	""	""	""	1	棟	""	""	33906	""			""	""	""	""	""	本堂と同時期（慶安4年＝1651年）に建てられたものとみられ，本堂とセットで存在する近世初期四脚門の貴重な遺構である。妻飾りや柱の装飾には丁寧な彫刻が施されており，桃山建築の遺風がうかがわれる等の特色がみられる。	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64102.html	""
20	342076	20	広島県	福山市	光照寺鐘撞堂	こうしょうじかねつきどう	""	""	県指定重要文化財	建造物	沼隈町　光照寺	""	""	""	""	""	""	1	棟	""	""	32503	""			""	""	""	""	""	この鐘撞堂は山門と同様に，慶長18年（1613年）の創建で，後世の改造は天井を一部張り替えているのみで当初の姿をよくとどめている。県内では最も古く，規模の大きな四脚鐘撞堂の一つである。	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64222.html	""
21	342076	21	広島県	福山市	光照寺山門	こうしょうじさんもん	""	""	県指定重要文化財	建造物	沼隈町　光照寺	""	""	""	""	""	""	1	棟	""	""	32503	""			""	""	""	""	""	この山門には慶長18年（1613年）の棟札があり，様式上も江戸時代初期と考えられ，この時新築されたものと考えられる。当初の彩色はほぼ完全に残っており，禅宗様を基調とした意匠の優れた門である。規模も大きく，近世初頭の代表的な遺構である。	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64223.html	""
22	342076	22	広島県	福山市	観音寺本堂	かんのんじほんどう	""	""	県指定重要文化財	建造物	北吉津町　観音寺	""	""	""	""	""	""	1	棟	""	""	33906	""			""	""	""	""	""	"福山城の築城に際し，城郭の東北端，艮方角の鬼門守護のために建立されたと推定される寺院で，慶安4年（1651年）建築の棟札がある。
 随所に和様・唐様・天竺様の手法が用いられた折衷様式の建築である。装飾手法は桃山時代の建築装飾の流れを引いており，県内に既存する近世唯一の本格的な密教寺院の本堂として，また折衷様式の変遷を考える上で，貴重な遺構である。"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64278.html	""
23	342076	23	広島県	福山市	吉備津神社神楽殿	きびつじんじゃかぐらでん	""	""	県指定重要文化財	建造物	新市町　吉備津神社	""	""	""	""	""	""	1	棟	""	""	35569	""			""	""	""	""	""	"この神楽殿は，本殿とともに慶安元年（1648年）に福山藩主水野勝成によって建て替えられたものであり，吉備津神社の中心的な建物の一棟である。
本殿の前方に拝殿・神楽殿・随神門などを一直線に建て並べる様式は「一遍上人絵伝」などから鎌倉時代後期には成立していたことが明らかであり，描かれている建物も現在の形式と同じで，慶安の再建時にも以前の建物を忠実に復元しているものと考えられる。建立当初は桧皮葺であった屋根を銅板で包んだこと以外は再建時のままであり，建築史上でも貴重な建物である。"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64205.html	""
24	342076	24	広島県	福山市	常国寺唐門	じょうこくじからもん	""	""	県指定重要文化財	建造物	熊野町　常国寺	""	""	""	""	""	""	1	棟	""	""	44602	""			""	""	""	""	""	"常国寺は，広島県福山市熊野町に所在する日蓮宗の寺院で，山号は広昌山といい，文明年間（1469年～1487年）に開基したと伝えられる。天正４年（1576）から15年にかけて室町幕府最後の将軍足利義昭が備後国へ滞在した際，常国寺が義昭の御所のひとつとなった。
常国寺の唐門は，第12世日遼の代に建てられたとされており，日遼が没した享保14年以前に建てられたものと推測される。室町幕府最後の将軍である足利義昭の由緒を，享保期の施主と大工が当時の知識と技術で建物の形式及び意匠で示したという特色をもつ建造物であり，扉上段の桟の間に桐文様を浮き彫りにした板が嵌め込まれ，中備の蟇股には足利氏の家紋である二つ引両が彫られている。
控柱の虹梁形の頭貫とそれに直交する木鼻は雲形に作られており，大瓶束の左右に付く笈形彫刻も力強く，材質・技法・意匠ともに優れている。"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/280703.html	""
25	342076	25	広島県	福山市	七重石層塔	ななじゅうせきそうとう	""	""	市指定重要文化財	建造物	草戸町　明王院	""	""	""	""	""	""	1	基	""	""	22006	""			""	""	""	""	""	"明王院の護摩【ごま】堂前庭にあり，花崗岩製七重石層塔で高さ3.20m，二重台座となっている。
基壇上の基礎は六角形の上面に蓮弁【れんべん】を刻み，初重の軸部に四方仏を陽刻している。
屋根はその上の軸部と一石で造られ，初重は幅60.8cmを測る。屋根の軒は約2cmほどの逓減で非常に美しい形に整えられている。露盤上の伏鉢・請花・九輪は一石で造り出し，上部の宝珠は一部欠けている。屋根の軒や軒口などに鎌倉時代中期以降の特徴を示し，ほぼ完全な形で遺存する石層塔である。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64282.html	""
26	342076	26	広島県	福山市	石層塔残欠	せきそうとうざんけつ	""	""	市指定重要文化財	建造物	草戸町　明王院	""	""	""	""	""	""	1	基	""	""	22006	""			""	""	""	""	""	"  明王院書院の庭に置かれ，現在は初重軸部と四層の屋根の上層に軸部を造り出した4石，計5石を残すのみである。
  石質は凝灰岩で現存の屋根の逓減率から推察すると，この塔はもと十三重の高塔で，現在残存しているのは初重・二層・三層と十一か十二層と考えられる。なお現在上部に半円状と球形の凝灰岩が載せられているが，これは他のものが混入したものと思われる。
  屋根は重厚でしかも勾配はゆるく軒反【そ】りは真反【しんぞ】りに近く穏やかで，軒口は垂直に切られるなど全体として非常に古式で平安時代にさかのぼるのではないかと考えられる。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64101.html	""
27	342076	27	広島県	福山市	明圓寺鐘楼	みょうえんじしょうろう	""	""	市指定重要文化財	建造物	鞆町　明圓寺	""	""	""	""	""	""	1	棟	""	""	44309	""			""	""	""	""	""	"現存例は全国的にも非常に乏しく，福山市内では唯一残った例である。広島県内では，不動院鐘楼（永享5年（1433年）造立，天正18年（1590年）修理）（国重要文化財）に次いで古いものであり，極めて貴重である。
　承応年間（1652年～1655年）の造営と伝えられる袴越（はかまごし）付き鐘楼で，上階の実肘木（さねひじき）や下階の蟇股（かえるまた）の形などから17世紀のものと考えられる。一般的な袴腰鐘楼の下階は角柱とするが，円柱としており格調が高い。軸部は当初材であり，小屋組も大部分が当初材と保存状態も良く江戸初期の精美な手法を留めた建物である。"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/229213.html	""
28	342076	28	広島県	福山市	明王院護摩堂	みょうおういんごまどう	""	""	市指定重要文化財	建造物	草戸町　明王院	""	""	""	""	""	""	1	棟	""	""	23660	""			""	""	""	""	""	"寛永16年（1639年）に創建され，元禄7年（1694年）に大修理がなされており，現在の建物はかなり元禄風が加わっている。江戸初期の極めて精美な手法を留めた建物である。特に正面中央の桟唐戸【さんからど】や花頭窓【かとうまど】の精巧な細工，内部の格天井【ごうてんじょう】，天井中央の折り上げ小組天井等は繊細で優美な構造となり，規模は小さいが気品のある建築である。
また堂内には本尊で市重文の木造不動明王立像や市重文護摩堂本尊背障壁裏絵など多くの文化財が納められている。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64289.html	""
29	342076	29	広島県	福山市	明王院鐘楼	みょうおういんしょうろう	""	""	市指定重要文化財	建造物	草戸町　明王院	""	""	""	""	""	""	1	棟	""	""	23660	""			""	""	""	""	""	"面取り角柱を方形の礎石上で内側に傾斜をつけて建てたいわゆる四方転びの建て方で，特に各柱を内側に弯曲させているのが特徴である。
建立は棟札により正保4年（1647年）福山初代藩主水野勝成隠居後の宗休によるものとわかり，鐘は明暦3年（1657年）福山3代藩主水野勝貞の寄進によるものである。江戸時代初期の雄健な手法を示す建造物。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64281.html	""
30	342076	30	広島県	福山市	草戸愛宕神社本殿	くさどあたごじんじゃほんでん	""	""	市指定重要文化財	建造物	草戸町　草戸稲荷神社	""	""	""	""	""	""	1	棟	""	""	23660	""			""	""	""	""	""	"愛宕神社は明王院の裏山に鎮座し明王院の鎮守社であったが，明治の神仏分離により現在は草戸稲荷神社に属している。
本殿は覆屋内に納められており，宝形造の前面に縋【すがる】向拝があり，唐破風付，桧皮葺【ひわだぶき】とした複雑な屋根（春日造社殿の屋根を宝形造とした珍しいもの）で棟高3.6m，正面柱間1.06mの小社である。棟札により寛永5年（1628年）の創建が明らかで，規模は小型だが，各部精巧で意匠が優れており江戸時代初期の風趣をよく残している。保存状況も良い。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64290.html	""
31	342076	31	広島県	福山市	常国寺建物	じょうこくじたてもの	""	""	市指定重要文化財	建造物	熊野町　常国寺	""	""	""	""	""	""	2	棟	""	""	23660	""			""	""	""	""	""	"常国寺は文明年間（1469～1487年）日親上人を開基とし，山田一乗山城主渡辺越中守兼が菩提寺として創建したと伝えられる寺院で，指定文化財建造物3棟はいずれも常国寺中興の江戸時代中期のものである。
鐘楼
方一間3.12m，単層入母屋造，本瓦葺。福山藩家老水野玄蕃の母が施主となり元禄年間に建立されたもので，柱は面取り角柱で内転びとなっている。
番神社本殿
一間社，正面唐破風，千鳥破風付，入母屋造柿葺【こけらぶき】。覆屋の中に納まる小社（軒幅1.96m，棟高2.87m）で，部材の風化や損傷が少なく元禄年代の様式をよく伝える社殿である。"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64283.html	""
32	342076	32	広島県	福山市	磐台寺回廊鐘楼	ばんだいじかいろうしょうろう	""	""	市指定重要文化財	建造物	沼隈町能登原　磐台寺	""	""	""	""	""	""	1	棟	""	""	23695	""			""	""	""	""	""	回廊は観音堂と客殿をつなぐもので，棟札には「再興寛文七（1667年）季八月十日」とあり，当時の用材として残っているのは，瓦，柱，梁，石段である。しかし，石段の幅には一部後世の変更が見られる。観音堂との中間にある鐘楼は十辺舎一九や安藤広重の版画にも見られる。???	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64224.html	""
33	342076	33	広島県	福山市	宝篋印塔	ほうきょういんとう	""	""	市指定重要文化財	建造物	赤坂町　赤坂八幡神社	""	""	""	""	""	""	1	基	""	""	23467	""			""	""	""	""	""	"塔の基盤の四面に格狭間【こうざま】が刻まれ，塔身には判然としないが梵字【ぼんじ】（種子【しゅじ】）のようなものが薄肉で彫られている。相輪の形状と全体の均整が程よく整い，完形の美しい塔である。
銘はないが南北朝時代の作と考えられる。"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64295.html	""
34	342076	34	広島県	福山市	沼名前神社石とうろう	ぬなくまじんじゃいしとうろう	""	""	市指定重要文化財	建造物	鞆町　沼名前神社	""	""	""	""	""	""	1	対	""	""	24503	""			""	""	""	""	""	"社殿前にあり，慶安4年（1651年）福山3代藩主水野勝貞により寄進されたもの。六角の台座の上に直径47.4cmの竿石を建て，中台・火袋・笠石・宝珠を置く高さ3.24mの大形で荘重な造りの石とうろうである。
近世初頭の社前献灯として形式・手法とも標本的なものとして貴重な石造品である。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64106.html	""
35	342076	35	広島県	福山市	宝篋印塔（実蔵坊）	ほうきょういんとう	""	""	市指定重要文化財	建造物	金江町　実蔵坊	""	""	""	""	""	""	1	基	""	""	24927	""			""	""	""	""	""	"相輪を欠失しているほかは各部完備し，南北朝時代の永和4年（1378年）の塔である。
塔身の四面に月輪を刻まず，直接金剛界四仏の梵字（種子）を配し，その一面に※「永和四年戌午九月日　一結□等敬白」の16字を陰刻している。鎌倉時代の特色を有し，弁座蓮弁や格狭間の彫りも美しく記年銘のあるものとして貴重な石造品である。
※文中「永和四年」の「四」の部分は実際は漢字の「二」を縦に２つ並べる字ですが，ホームページ作成上の規制のため表示させることができず「四」を当てています。"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64296.html	""
36	342076	36	広島県	福山市	旧内藤家長屋門	きゅうないとうけながやもん	""	""	市指定重要文化財	建造物	丸之内一丁目　小丸山	""	""	""	""	""	""	1	棟	""	""	27443	""			""	""	""	""	""	"この長屋門は福山城の西外濠に面した位置にあった武家屋敷内藤家に所在したもので，昭和51年現位置に解体移築したものである。
内藤家は，宝永7年（1710年）阿部家が福山藩主に封じられたとき，それに随従した家臣である。長屋門は中央に入口の引戸を設け，東側に二間，西側に土間と一間があり，これらが住居として利用されていた。
昭和20年（1945年）8月8日の戦災により城下町の風情を喪失した福山にあって藩政時代を偲ばす長屋門として貴重なものである。
なお解体移築時に柱より「弘化三年」（1846年）の墨書が発見された。"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64104.html	""
37	342076	37	広島県	福山市	福山城鐘櫓	ふくやまじょうかねやぐら	""	""	市指定重要文化財	建造物	丸之内一丁目　福山城	""	""	""	""	""	""	1	棟	""	""	29154	""			""	""	""	""	""	"この鐘櫓は築城当時の福山城絵図面にも描かれている遺構で，上層にある鐘は城下や近隣諸村に”時の鐘”を告げ，また緊急時に武士を召集する太鼓も合わせ備えていた。
明治以降，屋根の葺替えや附属の建物の後補など変容と荒廃が激しかったが，昭和54年旧規に修復（当時の柿【こけら】ぶきか桧皮【ひわだ】ぶきを銅板ぶきに改めた）された。
城地内に鐘櫓が所在するのは全国的に稀である。"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64277.html	""
38	342076	38	広島県	福山市	鞆の津の商家	とものつのしょうか	""	""	市指定重要文化財	建造物	鞆町鞆	""	""	""	""	""	""	2	棟	""	""	33751	""			""	""	""	""	""	"主屋（切妻，平入）と土蔵（切妻，妻入）からなり，いずれも2階建で連接する。本瓦葺。
主屋は江戸時代末期の建築で，内部は通り庭（土間）に面して，店の間，中の間，奥の間が一列に並ぶ古い商家の間取りである。土蔵は明治の建築で，商品の収納場所として使用され，床を高くし，登り梁とするなど機能的にすぐれている。
本建築物は，鞆の典型的な町屋の好例である。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64105.html	""
39	342076	39	広島県	福山市	延広神社鳥居	のぶひろじんじゃとりい	""	""	市指定重要文化財	建造物	沼隈町　延広神社	""	""	""	""	""	""	1	基	""	""	34809	""			""	""	""	""	""	"柱に彫られた銘文は「元和二丙辰歳八月吉祥日」「願主山南村惣氏子中」「トモ石工文造作」である。元和二丙辰は1616年のことである。特徴としては，笠木の反りが少なく，柱の内ころびが小さく古い様式を残している。
なお，社伝によれば，この神社は丸山城主桑田信房により天文9年（1540年）創建されたが，慶長19年（1614年）丸山城が陥落，この時社殿は焼失し基礎石のみとなったが，元和2年（1616年）村民が再建し，同時に鳥居も建立されたようである。 "	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64226.html	""
40	342076	40	広島県	福山市	能登原八幡宮鳥居	のとはらはちまんぐうとりい	""	""	市指定重要文化財	建造物	沼隈町　能登原八幡宮	""	""	""	""	""	""	1	基	""	""	34809	""			""	""	""	""	""	この鳥居の右柱には「奉献惣氏子中」，左には「享保九甲辰年五月吉日石工和泉吉三郎」の銘文が彫られている｡泉州石工による作品例は県内では二十数例が知られているのみである。この鳥居も笠木の両端に鳥衾をつけた明神鳥居で，享保9年（1724年）に建立されたものである。	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64225.html	""
41	342076	41	広島県	福山市	亀山八幡神社鳥居	かめやまはちまんじんじゃとりい	""	""	市指定重要文化財	建造物	沼隈町　亀山八幡神社	""	""	""	""	""	""	1	基	""	""	34809	""			""	""	""	""	""	"この鳥居の特徴は，笠木の両端が反り上がり，鳥がとまっているよう見える「鳥衾」を乗せていることだが，右の「鳥衾」が欠落しているのが残念である。この地方では，この形式の鳥居は3基確認されている。
なお，銘文によると享保8年（1723年）に尾道の石工平三郎が造り，草深の惣氏子が寄進したものであることがわかる。 "	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64227.html	""
42	342076	42	広島県	福山市	岡本家長屋門	おかもとけながやもん	""	""	市指定重要文化財	建造物	鞆町鞆	""	""	""	""	""	""	1	棟	""	""	35642	""			""	""	""	""	""	"旧福山城郭内に所在した建物で，門の両側に番所を有していたものであるが，現在は左側のみにある。
明治初期，現在地に移築され，部分的に改造が見られるが，17世紀初期建造の福山城郭内の遺構として貴重なものである。"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64294.html	""
43	342076	43	広島県	福山市	素盞嗚神社本地堂	すさのおじんじゃほんちどう	""	""	市指定重要文化財	建造物	新市町　素盞嗚神社	""	""	""	""	""	""	1	棟	""	""	37893	""			""	""	""	""	""	"現在天神社の社殿であるが，もとは戸手祇園社（早苗山天王院）の本地堂（観音堂）として建立されたものである。
明治時代の廃仏毀釈の際，寺院建築の正面桟唐戸や内部の須弥壇を撤去して神座を造り本地堂としたが，18世紀前半の三間堂の外観がよく残っている。平成10年（1998年）に屋根の葺き替えや修復を行い，外観は寛延元年（1748年）の再建時の姿に復元された"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64122.html	""
44	342076	44	広島県	福山市	吉備津神社大鳥居	きびつじんじゃおおとりい	""	""	市指定重要文化財	建造物	新市町　吉備津神社	""	""	""	""	""	""	1	基	""	""	37893	""			""	""	""	""	""	明神型鳥居で吉備津神社参道入口に建てられている。亀腹はない。石質は良く，風化は進んでいない。左右の柱には，建立の銘文が彫られており，慶安元年（1648年）に造られたものである。なお銅製額には「吉備津一宮」と標示されている。	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64208.html	""
45	342076	45	広島県	福山市	吉備津神社下随神門	きびつじんじゃしもずいしんもん	""	""	市指定重要文化財	建造物	新市町　吉備津神社	""	""	""	""	""	""	1	棟	""	""	37893	""			""	""	""	""	""	"この門は欅材が軸部に用いられた大型の八脚門で保存状態も良く，建築様式では18世紀中頃と考えられる。なお「一遍上人絵伝」では楼門に描かれており，「備後一宮大明神絵図」では八脚門に描かれている。
現在のものは，後者を建替えたものと考えられる。 "	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64207.html	""
46	342076	46	広島県	福山市	吉備津神社拝殿	きびつじんじゃはいでん	""	""	市指定重要文化財	建造物	新市町　吉備津神社	""	""	""	""	""	""	1	棟	""	""	37893	""			""	""	""	""	""	"神楽殿（県重文）と本殿（国重文）の間に建つ大型の木造建造物で，本殿・神楽殿とともに慶安元年（1648年）に造り替えされたものである。棟通りの柱３本は，永和２年（1376年）年再建の本殿の角柱を２本ずつ継いで転用したものである。
1961・1971年などに修理されているが，軸部や小屋組み等は当初材が良く残っている。内部には，中央部近くに1本の柱があり，拝殿の平面形式としては特異である。 "	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64206.html	""
47	342076	47	広島県	福山市	吉備津神社六角燈籠	きびつじんじゃろっかくとうろう	""	""	市指定重要文化財	建造物	新市町　吉備津神社	""	""	""	""	""	""	1	対	""	""	37893	""			""	""	""	""	""	"火袋は六角形で，窓は日月を表わしている。
吉備津神社本殿の再興を記念して，初代福山藩主水野勝成が寄進したものである。銘文によれば建立は慶安2年（1649年）である。吉備津神社境内に現存する紀年銘のある石燈籠では最古である。 
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64209.html	""
48	342076	48	広島県	福山市	絹本著色水野勝成像	けんぽんちゃくしょくみずのかつなりぞう	""	""	県指定重要文化財	美術工芸品	寺町　賢忠寺	""	""	""	""	""	""	1	幅	""	""	19652	""			""	""	""	""	""	"賢忠寺は福山を開いた水野勝成が創建した寺で，水野氏関係の遺品をいくつか伝えている。
この画像は勝成晩年の正保2年（1645年）に描かれた寿像（像主の生前に描かれたもの）で衣冠束帯【いかんそくたい】の姿に三尺といわれる太刀をもつ坐像である。上部に大徳寺（京都）住職源安の賛がある。江戸時代初期の画像として，また福山初代藩主勝成の風貌【ふうぼう】を知る上で貴重な作品といえる。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64297.html	""
49	342076	49	広島県	福山市	絹本著色水野忠重像	けんぽんちゃくしょくみずのただしげぞう	""	""	県指定重要文化財	美術工芸品	寺町　賢忠寺	""	""	""	""	""	""	1	幅	""	""	19652	""			""	""	""	""	""	水野忠重は，勝成の父にあたる人。この画像は寛永17年（1640年），勝成が画工に命じて描かせたもので，上部の賛は忠重の菩提寺大徳寺住職宗玩が書いている。	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64309.html	""
50	342076	50	広島県	福山市	絹本著色弘法大師像	けんぽんちゃくしょくこうぼうだいしぞう	""	""	県指定重要文化財	美術工芸品	蔵王町　医王寺	""	""	""	""	""	""	1	幅	""	""	19996	""			""	""	""	""	""	この大師像は「目引き大師」ともいわれ，大師が常に見守っておられるようなまなざしをした画像である。構図は他の大師像とかわらないが，画幅の右上隅に大師の誓願仏である弥勒【みろく】菩薩が描かれており，珍しい作品である。室町時代の作。	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64117.html	""
51	342076	51	広島県	福山市	絹本著色親鸞上人絵伝	けんぽんちゃくしょくしんらんしょうにんえでん	""	""	県指定重要文化財	美術工芸品	龍谷大学ミュージアム	""	""	""	""	""	""	1	幅	""	""	20178	""			""	""	""	""	""	"光照寺は鎌倉時代中期，明光上人の開基と伝えられている。中国地方における浄土真宗流布の拠点であった。
この絵伝は，建武3年（1336年）本願寺の存覚上人（本願寺三世覚如の長子）が滞留した際，法然上人絵伝（三幅）などとともに制作を指導したと伝える。裏書には，画工は隆円，願主は光照寺三世明尊，建武5年と記され，掛軸絵伝の初期のものである。
一代記絵伝などは巻物の形式をとるのが普通であったが，この様に掛軸形をもって制作されているものが南北朝頃に絵伝として現われたことは珍しく，便宜的な形式と思われる。  "	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64228.html	""
52	342076	52	広島県	福山市	絹本著色浄土真宗明光派先徳像	けんぽんちゃくしょくじょうどしんしゅうみょうこうはせんとくぞう	""	""	県指定重要文化財	美術工芸品	駅家町　明泉寺	""	""	""	""	""	""	1	幅	""	""	23319	""			""	""	""	""	""	"鎌倉時代末期以来，沼隈郡沼隈町中山南の光照寺を中心に中国地方に浄土真宗明光派の布教活動が行われた。この派では師弟関係や入信序列を重んじ，信者の絵像を絵系図等に描くなどして極楽往生の安心を得させる方法をとっていた。備後地方の浄土真宗の寺々には多くの絵系図や光明本尊などが伝えられている。
本図もそういった祖師像の掛け軸で，像を墨線で描き，彩色を加えている。左上に源空（法然）を描き以下左右交互に13祖師像が描かれている。本図でははっきり読めないところもあるが，他の資料を参考にすると，源空・親鸞・真仏・源海・了海・誓海・明光・信光・良誓・明尊・性尊・勝尊の順で，最後の一人は不明で，この絵作成の願主と考えられる。"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64305.html	""
53	342076	53	広島県	福山市	絹本著色聖徳太子絵伝	けんぽんちゃくしょくしょうとくたいしえでん	""	""	県指定重要文化財	美術工芸品	龍谷大学ミュージアム	""	""	""	""	""	""	4	幅	""	""	24600	""			""	""	""	""	""	積極的に仏教を受容したと伝えられる聖徳太子の伝記を絵画化したものである。鎌倉時代以降，太子信仰の隆盛とともに絵巻や掛軸などの絵伝が多くつくられた。この絵伝は聖徳太子の生涯をほぼ年代順に追って描いており，第一幅は，下から上へと進行し第二幅は上から下，第三幅は下から上，第四幅は上から下と交互に上下する構成で珍しい。描かれたのは室町時代後期と考えられる。	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64229.html	""
54	342076	54	広島県	福山市	絹本著色法然上人絵伝	けんぽんちゃくしょくほうねんしょうにんえでん	""	""	県指定重要文化財	美術工芸品	龍谷大学ミュージアム	""	""	""	""	""	""	3	幅	""	""	24600	""			""	""	""	""	""	"浄土宗の開祖法然上人は浄土真宗にとって重要な人物である。この絵伝は布教のために親鸞上人絵伝とともに本願寺の存覚（本願寺三世覚如の長子）が指導して隆円に描かせたものである。
願主は親鸞上人絵伝と同じく明尊で完成は建武5年（1338年）。この絵伝は，法然の誕生から47歳の上西門説戒までの24段を第一幅に下から上へ描き，第二幅に48歳の東大寺炎上から園城寺公胤，浄土宗立つの説法までの23段を上より下へ，そして法然が赤蓮華に坐し天童に囲繞されるところから，法然死後，遺弟随蓮が夢で法然から諭されるまでの25段を第三幅に下から上に描いている。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64230.html	""
55	342076	55	広島県	福山市	絹本著色不動明王像	けんぽんちゃくしょくふどうみょうおうぞう	""	""	県指定重要文化財	美術工芸品	駅家町　福盛寺	""	""	""	""	""	""	1	幅	""	""	26053	""			""	""	""	""	""	火焔光背を背にした不動明王を中心に脇侍として左に制?迦【せいたか】，右に矜羯羅【こんがら】の二童子を配して描かれている。絹本全体がくすぶりのため鮮明度を失っている個所もあるが，絹本には破れ目もなく保存の良い画幅である。軸金具は後補。室町時代中期のすぐれた作品。	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64315.html	""
56	342076	56	広島県	福山市	絹本著色不動明王像	けんぽんちゃくしょくふどうみょうおうぞう	""	""	県指定重要文化財	美術工芸品	北吉津町　胎蔵寺	""	""	""	""	""	""	1	幅	""	""	26413	""			""	""	""	""	""	"不動明王は大日如来の使者，真言行者を守護するという性格をもっており，密教が盛んになった平安初期から，国や個人を守るものとしてひろく信仰され，今日多くの作品が残されている。
本像は中央に火焔光を背にする立像の不動明王を描き左右に制た迦【せいたか】童子・矜羯羅【こんがら】童子を配している。
著色は当初のものをよく残している。室町時代中期の作。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64310.html	""
57	342076	57	広島県	福山市	紙本著色一流相承絵系図	しほんちゃくしょくいちりゅうそうしょうえけいず	""	""	県指定重要文化財	美術工芸品	沼隈町　宝田院	""	""	""	""	""	""	1	巻	""	""	30238	""			""	""	""	""	""	"絵系図は，鎌倉末期から室町時代にかけて作られたものが多く，明光派備後教団の盛況に大きな力となった。絵系図の意図するものは，真宗を広めた人々の肖像を法脈的に絵系図化して残すことが庶民入信者に分かりやすく，宗教教団の発展の基と考えられた。
このような目的で作られた絵系図は，門徒たちの礼拝の対象となり本尊となっていった。絵系図序文末尾に嘉暦元年（1326年）丙寅五月と書かれているが，画風の異なる人物像があり追筆もあると考えられる。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64231.html	""
58	342076	58	広島県	福山市	絹本著色明光上人像	けんぽんちゃくしょくみょうこうしょうにんぞう	""	""	県指定重要文化財	美術工芸品	沼隈町　宝田院	""	""	""	""	""	""	1	幅	""	""	30238	""			""	""	""	""	""	親鸞上人直門の六老僧の一人，明光上人（1353年没）自筆と伝えられる画像一幅。南北朝時代の作である。明光上人は，関東鎌倉方面で布教活動をしていましたが，西下して元応2年（1320年）頃備後の中山南に光照寺，さらに宝田院を開き布教にあたった。	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64232.html	""
59	342076	59	広島県	福山市	絹本著色光明本尊	けんぽんちゃくしょくこうみょうほんぞん	""	""	県指定重要文化財	美術工芸品	沼隈町　宝田院	""	""	""	""	""	""	1	幅	""	""	30238	""			""	""	""	""	""	光明本尊は，初期真宗教団の礼拝の対象として使用された。古くは三幅一対であったが，その後一幅ものが一般的となる。中央に「南無不可思議光如来」と九字の尊号を配している。右下には十字名号，左下に六字名号を記し，その間に釈迦如来立像，阿弥陀如来立像を描いている。?	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64233.html	""
60	342076	60	広島県	福山市	絹本著色釈迦涅槃図	けんぽんちゃくしょくしゃかねはんず	""	""	県指定重要文化財	美術工芸品	内海町 奥之坊	""	""	""	""	""	""	1	幅	""	""	30005	""			""	""	""	""	""	涅槃図は仏涅槃図ともよばれている。釈迦の入滅，つまり臨終の情景を描き表したもので，涅槃会（常楽会）の本尊として懸用される。この図は釈迦如来が右手を枕として宝台上に横たわり，その周囲に泣き悲しむ多くの仏弟子，鳥獣などが描かれている。釈迦の法衣文の隈取り彩筆，宝台格狭間の繧繝彩色に表す円形内の文様，水墨画風になる沙羅双樹の幹の表現などに時代的特色がうかがえる。室町時代末期の作である。	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64198.html	""
61	342076	61	広島県	福山市	一流相承絵系図（光照寺本）	いちりゅうそうしょうえけいず	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	龍谷大学ミュージアム	""	""	""	""	""	""	1	巻	""	""	23831	""			""	""	""	""	""	"絵系図とは絵によって一流相承を表す形式の系図である。沼隈地域は，中国地方に浄土真宗を布教するための重要な土地であった。
特に，光照寺はその拠点となった寺で絵系図は僧の相承関係の明確化と信徒の団結を目的として描かれた。この絵には二十四人の僧尼の像を上下二段に配列しており，序文末尾に嘉暦元年（1326年）丙寅五月の年号が記されている。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64234.html	""
62	342076	62	広島県	福山市	一流相承絵系図（宝光寺Ａ本）	いちりゅうそうしょうえけいず	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	沼隈町　宝光寺	""	""	""	""	""	""	1	巻	""	""	23831	""			""	""	""	""	""	"描かれた人物像によって一流相承を表す絵系図は，鎌倉時代末期から室町時代にかけて作られたものが多く，浄土真宗明光派備後教団の盛況に大きな力となった。
宝光寺には二幅の絵系図（福尾猛市郎分類Ａ本・B本）が伝えられているが，絵画的に優れているＡ本を指定した。これは，厚手の白紙9枚を継ぎ，巻頭には「序題」の文を置き，その後に42人の僧尼の絵像をほぼ上下二段に並べて描いたものである。
序文末尾には，嘉暦元年（1326年）丙寅五月の年号が記されている。　"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64235.html	""
63	342076	63	広島県	福山市	福山城旧伏見御殿襖絵	ふくやまじょうきゅうふしみごてんふすまえ	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	西町　ふくやま美術館	西町二丁目4番3号	""	""	""	084-932-2345　	""	4	面	""	""	24503	年末年始を除く火曜日～日曜日（月曜が祝休日の場合は翌日が休館日）	0.395833333	0.708333333	""	""	""	""	""	"福山城本丸にあった伏見御殿は豊臣秀吉に関わる伏見城より移築した桃山時代の遺構で，水野勝成が福山城築城に際し徳川氏より拝領したものである。この建物は当初藩主の居館として使用されたが，その後は閉ざされ相当荒廃していた。明治6年（1873年）太政官布告により廃城となり，伏見御殿を含む多くの建物が入札払い下げでとりこわされ，現在は礎石を残すのみとなっている。
この板襖【いたふすま】はこの伏見御殿に使用されていたもので，狩野派の筆による障壁画【しょうへきが】で，かつての伏見御殿の遺芳を伝えると共に，美術的にも極めて優品といえる。襖の引手には水野家の紋が金象嵌【ぞうがん】されている。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64298.html	""
64	342076	64	広島県	福山市	伝福山城旧伏見御殿杉戸絵	でんふくやまじょうきゅうふしみごてんすぎとえ	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	沼隈町　個人蔵	""	""	""	""	""	""	4	面	""	""	25842	""			""	""	""	""	""	"この杉戸絵は，明治6年（1873年）の太政官布告により廃城となった福山城の建物が民間に払い下げられた際，個人が入手したと伝えられているもので，2枚の戸板に裏表4面を使用して2組の絵が描かれている。
一つは「山村風景」他は「竹図」である。これらの絵は，「福山城旧伏見御殿襖絵」（市重文福山市蔵 ふくやま美術館保管）と比較してみれば，経年変化による杉材の収縮，絵の剥落の度合いもほとんど同じで塗料も同質のものと考えられる。また，引手の穴周辺に残された金具痕からも伏見御殿にあった可能性が高い。今後，更なる調査も必要であるが，絵の様式からも江戸時代初期のものと推測される。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64236.html	""
65	342076	65	広島県	福山市	絹本著色親鸞上人像	けんぽんちゃくしょくしんらんしょうにんぞう	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	鞆町　南禅坊	""	""	""	""	""	""	1	幅	""	""	26388	""			""	""	""	""	""	破損が甚しいが，寛永3年（1626年）の銘がある。祖師像に記年銘があるのは珍しい。江戸時代初期の作。	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64316.html	""
66	342076	66	広島県	福山市	絹本著色釈迦十六善神像	けんぽんちゃくしょくしゃかじゅうろくぜんしんぞう	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	鞆町　小松寺	""	""	""	""	""	""	1	幅	""	""	26388	""			""	""	""	""	""	中央上方に獅子座に乗る釈迦像，十六善神を左右に八神ずつ分けて描いている。絹本の破損は激しいが，当時の色彩は鮮やかに残っている。室町時代中期の作。	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64313.html	""
67	342076	67	広島県	福山市	絹本著色聖徳太子像	けんぽんちゃくしょくしょうとくたいしぞう	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	鞆町　南禅坊	""	""	""	""	""	""	1	幅	""	""	26388	""			""	""	""	""	""	寺に伝来したもので剥落【はくらく】した賛【さん】に寛永15年（1638年）の銘がある。絵画の時代判定の好資料といえる。江戸時代初期の作。	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64118.html	""
68	342076	68	広島県	福山市	絹本著色聖徳太子像	けんぽんちゃくしょくしょうとくたいしぞう	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	鞆町　明円寺	""	""	""	""	""	""	1	幅	""	""	26388	""			""	""	""	""	""	寺に伝来したもので裏銘に「寛永十二乙亥　宣如上人」とあり，1635年の作制年代が判然とし，当時の色彩をよく残す絵画資料として貴重なものである。江戸時代初期の作。	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64099.html	""
69	342076	69	広島県	福山市	絹本著色弘法大師像	けんぽんちゃくしょくこうぼうだいしぞう	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	坪生町　西楽寺	""	""	""	""	""	""	1	幅	""	""	27102	""			""	""	""	""	""	右手に鈷【こ】，左手に念珠を持つ大師跪坐【きざ】の肖像で上部に色紙形の賛を書き，制作年代がよくうかがえる。室町時代中期の作。	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64303.html	""
70	342076	70	広島県	福山市	絹本著色不動明王像	けんぽんちゃくしょくふどうみょうおうぞう	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	草戸町　明王院	""	""	""	""	""	""	1	幅	""	""	27102	""			""	""	""	""	""	"両眼を見開き，頭束髪を左耳側に垂らし，右手に剣，左手に索条【さくじょう】を持っている。像は淡い赤色となっているが，帯・腕帯には白彩を施している。
「妙澤老人五拾□」の墨書がある。妙澤は，南北朝時代の禅僧である。南北朝時代の作。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64300.html	""
71	342076	71	広島県	福山市	絹本著色金剛界・胎蔵界両部曼荼羅	けんぽんちゃくしょくこんごうかい・たいぞうかいりょうぶまんだら	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	坪生町　西楽寺	""	""	""	""	""	""	2	幅	""	""	27102	""			""	""	""	""	""	曼荼羅は密教の世界観を示す諸尊集会の図で，修行を行う際に用いる。密教の根本経典である「大日経」による胎蔵界と「金剛頂経」による金剛界の2つがある。この両部曼荼羅図は細密な筆づかいで彩色手法もすばらしく，密教関係の資料として貴重なものである。室町時代中期の作。	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64314.html	""
72	342076	72	広島県	福山市	絹本著色釈迦二十二部衆像	けんぽんちゃくしょくしゃかにじゅうにぶしゅうぞう	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	草戸町　明王院	""	""	""	""	""	""	1	幅	""	""	27102	""			""	""	""	""	""	中尊の釈迦は説法相をして二十二部衆を左右等分に描いている。室町時代中期の作。	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64119.html	""
73	342076	73	広島県	福山市	絹本著色釈迦二十二部衆像	けんぽんちゃくしょくしゃかにじゅうにぶしゅうぞう	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	坪生町　西楽寺	""	""	""	""	""	""	1	幅	""	""	27102	""			""	""	""	""	""	中尊の釈迦像を金色に彩色し，二十二部衆を左右に分け，中央上部に天蓋【てんがい】を描いている。室町時代中期の作。	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64304.html	""
74	342076	74	広島県	福山市	護摩堂本尊背障壁裏絵	ごまどうほんぞんはいしょうへきうらえ	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	草戸町　明王院	""	""	""	""	""	""	1	枚	""	""	27102	""			""	""	""	""	""	弥勒【みろく】浄土を描いた彩色蜜画で優美な構図，繊細な表現がなされている。この仏画の原画はもと明王院五重塔の内部に飾られていたものを江戸時代初期，絵師狩野永清が模写し，しばらく塔内に掲げられていたが，寛保年間，この堂内に移されたものである。なお原画は現在東京国立博物館に保管されている。	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64299.html	""
75	342076	75	広島県	福山市	絹本紺地金泥種子両界曼荼羅図	けんぽんこんじきんでいしゅじりょうかいまんだらず	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	草戸町　明王院	""	""	""	""	""	""	2	幅	""	""	34327	""			""	""	""	""	""	"両界曼荼羅に描かれる諸尊を象徴的に呼称する種子（梵字）で表現したもので，本図は紺色に染めた紺地に金泥で区画・種子などをあらわしている。その表現・筆法は大変優れたものである。軸裏に「胎蔵界　明王院宥仙」「金剛界　明王院宥仙」の墨書銘が見られる。宥仙は，明王院第18世住職〔天和2年（1682年）没〕である。
特筆すべき点は，種子以外の蓮弁や宝瓶の筆法，細緻に描かれた七宝繋ぎ文などの表現を見ると，中世的要素を十分に備えている。室町時代の作。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64311.html	""
76	342076	76	広島県	福山市	絹本著色両界曼荼羅図	けんぽんちゃくしょくりょうかいまんだらず	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	駅家町　福盛寺	""	""	""	""	""	""	2	幅	""	""	34327	""			""	""	""	""	""	この両界曼荼羅図は伝統的な手法により，重厚かつ精緻に描かれ，諸尊像は補筆や補彩もなく，よく保存されている。表装の最終や別に保存されている軸木二本の銘文により，この図幅は，応永11年（1404年）に求められたものであり，描かれたのはそれ以前と思われる。現在の表装は天保15年（1844年）のものである。室町時代初期の作。	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64306.html	""
77	342076	77	広島県	福山市	紙本著色訶梨帝母乾闥婆王像(童子経曼荼羅）	しほんちゃくしょくかりていもけんだつばおうぞう（どうじきょうまんだらず）	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	草戸町　明王院	""	""	""	""	""	""	1	幅	""	""	34327	""			""	""	""	""	""	本図の画面構成を概観すると次のとおりである。画面上半部に，五童子とともに訶梨帝母をあらわし，下半部に乾闥婆王を中心にして周囲に十五鬼神と十五童子をあらわす，いわゆる童子経曼荼羅としている。本図の特徴は，いずれも胎児や小児を守る意味をもつ訶梨帝母と童子経曼荼羅を同一画面に描いている点で，珍しい作例である。本図の表現描写は，豊饒【ほうじょう】のシンボルとされる尊像にふさわしい豊かさが充ちあふれており，なごやかな雰囲気が濃く，大衆的な趣が感じられる。また，細かい表現描写の優品である。江戸時代初期の作。	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64301.html	""
78	342076	78	広島県	福山市	紙本著色十一面観音像千仏図	しほんちゃくしょくじゅういちめんかんのんぞうせんぶつず	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	草戸町　明王院	""	""	""	""	""	""	1	巻	""	""	34327	""			""	""	""	""	""	"上下二段に舟形光背を負い金色の十一面観音像を千躯描いている。十一面観音像が立つ蓮華座は緑色である。各像とも一躯一躯丁寧に描かれている。
巻末の奥書には，元禄6年（1693年）10月に，福山4代藩主水野勝種が武運長久・子孫繁栄を祈願して奉納したものであることが書かれている。
本堂脇陣に木造十一面観音立像の小像が千躯祀ってあり，おそらくこの巻子と彫刻がほぼ同時期に奉納されたのであろう。この巻子と彫刻は当時の歴史を考える点で貴重な資料であり，歴史資料としての価値が高い。江戸時代の作。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64312.html	""
79	342076	79	広島県	福山市	紙本墨画不動明王像	しほんぼくがふどうみょうおうぞう	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	草戸町　明王院	""	""	""	""	""	""	1	幅	""	""	34327	""			""	""	""	""	""	"勢いのある墨線で描いた岩座上に立つ一面二臂【いちめんにひ】の不動明王。右足先をやや上げ，向かって右方へ身体を向かせ，右手は後ろへ引きつつ三鈷剣を今にもふりかざそうと向かっていく姿勢を巧みに表現する。火焔光背や頭髪も向かって右方に大きく棚引くなど，動的表現に優れたものである。衣文をあらわす竹へら書きは高野山のものに見られるが，それを含めて全体的な筆技は，絵として確かなものであるといえる。ちなみに，この衣文に見られる筆法は，飛白体と称され，筆線が箒ではいたようにかすれ，あるいは飛動しているものをいう。
また，画面には「守真」の朱字方印，軸裏に「不動明王御筆」「定福寺円誉上人附　明王院宥仙」の墨書銘が見られる。宥仙は明王院第18世住職〔天和2年（1682年）没〕である。円誉上人は，三河より城主水野勝成と共に来て，城下西町に定福寺を開いた第1世住職である。室町～江戸初期の作。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64302.html	""
80	342076	80	広島県	福山市	絹本著色当麻曼荼羅図	けんぽんちゃくしょくたいままんだらず	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	新市町　月見山観音寺	""	""	""	""	""	""	1	幅	""	""	37893	""			""	""	""	""	""	"この曼荼羅図は，浄土の情景を表したもので，内陣には極楽浄土を表現し，左右下段の外陣には，そこに行くための方法と手段が描かれている。制作は江戸時代前期であろう。
この図は元々深津郡深津村の専故寺（今は廃寺）に所在していたものが，元禄12年（1699年）に観音寺に贈られたものである。"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64121.html	""
81	342076	81	広島県	福山市	木造十一面観音立像	もくぞうじゅういちめんかんのんりゅうぞう	""	""	国指定重要文化財	美術工芸品	草戸町　明王院	""	""	""	""	""	""	1	躯	""	""	1899-08-01	""			""	""	""	""	""	本堂の本尊で秘仏。頭上の十一面の中には後補のものもあるが，主体は造立当初のもので，優麗な面相，均整のとれた姿態，天衣の翻転も巧みで，線も強く彫りが深い。平安時代初期の優作で春日厨子に納まる。	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64317.html	""
82	342076	82	広島県	福山市	木造阿弥陀如来及び両脇侍立像 附 像内納入品	もくぞうあみだにょらいおよびりょうわきじりゅうぞう	""	""	国指定重要文化財	美術工芸品	鞆町　安国寺	""	""	""	""	""	""	3	躯	""	""	15697	""			""	""	""	""	""	"鎌倉時代に盛んに作られた善光寺如来で，中央に阿弥陀如来，向って右に観音，左に勢至菩薩が大きな舟形光背（高さ313センチ）を負ういわゆる一光三尊型。
善光寺如来の多くは，銅製の小像の場合が多いが，この像は本尊像高170センチ，脇侍像高130センチの等身大の木彫巨像で，これほど大きいのは異例のことである。
本尊，脇侍ともに寄木造，漆箔仕上げ，玉眼入り。本尊の胎内墨書により，文永11年（1274年）空蔵房寛覚ら三人が勧進，平頼影を大檀那にあおぎ，大仏師覚尊によって金宝寺（安国寺の前身の寺）の仏像として造られたことがわかる。
像内納入品は，昭和24年（1949年）に像を修理した際，中尊及び脇侍の胎内より発見されたもので，これらにより造立のいきさつや当時の熱心な信仰の様子がうががえる貴重な資料である。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64115.html	""
83	342076	83	広島県	福山市	木造法燈国師坐像 附 像内納入品	もくぞうほっとうこくしざぞう	""	""	国指定重要文化財	美術工芸品	鞆町　安国寺	""	""	""	""	""	""	1	躯	""	""	15696	""			""	""	""	""	""	"鎌倉時代に流行した祖師像で，玉眼入り。法燈国師，諱【いみな】はは覚心，禅宗法燈派の開祖，備後安国寺創建者愚谷和尚の師で，同寺の開山とされている。この像は国師69歳の寿像（偈文奥書による）で聖僧の姿をまのあたりに見るように写実的に造られ，和歌山県由良興国寺のものよりやや若いころの姿を現わしている。像内納入品は，昭和12（1937年）年，像修理の際発見されたもので，水晶五輪塔は高さ6.7センチで鎌倉時代の特色をよく表している。
像内納入品は次の5点である。
・水晶五輪塔（小箱添）　　 　　1個
・紙本墨書　　　　　　　　　　　　2通
・梵字真言並仏眼禅師偈文　 1通
　「建治元年十二月十八日覚心」とある
・仏像修理記　　　　　　　　　　 1通
　「寛文四年三月十五日」とある
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64318.html	""
84	342076	84	広島県	福山市	木造狛犬	もくぞうこまいぬ	""	""	国指定重要文化財	美術工芸品	吉備津神社（東京国立博物館）	""	""	""	""	""	""	3	躯	""	""	15697	""			""	""	""	""	""	"狛犬は，宮中や神社に置かれた守護獣の像で，阿吽を表したものを一対とするのが一般的である。
吉備津神社には「阿」形が１躯，「吽」形が２躯ある。写真中央と右の金箔の狛犬が対をなすと考えられ，漆箔の左の像は「阿」形が所在しない。いずれも寄木造で平安時代の作と考えられる。 
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64120.html	""
85	342076	85	広島県	福山市	木造多聞天立像	もくぞうたもんてんりゅうぞう	""	""	県指定重要文化財	美術工芸品	津之郷町　田辺寺	""	""	""	""	""	""	1	躯	""	""	19996	""			""	""	""	""	""	"この立像は，奈良時代後期，田辺寺付近に建立された廃和光寺の四天王像の一体と伝えられる平安時代初期の優作である。廃和光寺関係の塔心礎・風鐸・九輪片（いずれも県重文）と共に貴重な遺品である。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64320.html	""
86	342076	86	広島県	福山市	木造阿弥陀如来坐像	もくぞうあみだにょらいざぞう	""	""	県指定重要文化財	美術工芸品	沼隈町　悟真寺	""	""	""	""	""	""	1	躯	""	""	25321	""			""	""	""	""	""	"寺伝によると，この仏像は当地の廃寺西大寺（西提寺とも書く）の本尊であったと伝えられている。衣を通肩にかけ，木彫の眼を半眼に結跏趺坐し，弥陀の定印を結び後補の複合蓮座に座る。衣文の彫りは後補の塗りでやや鈍るところもあるが，全体的にはよく鋭さをとどめている。衣の裾の端に，当初の金泥で描いた文様の痕を残している。光背は左上方部を欠失しているが，本体と同時代の室町時代初期と考えられる。   
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64237.html	""
87	342076	87	広島県	福山市	木造阿弥陀如来坐像	もくぞうあみだにょらいざぞう	""	""	県指定重要文化財	美術工芸品	瀬戸町	""	""	""	""	""	""	1	躯	""	""	26413	""			""	""	""	""	""	"肉髻は高く，螺髪【らほつ】は丸く切り込み，木眼で白毫【びゃくごう】は欠失している。衣文は通肩にかけ，上品下生【じょうほんげしょう】の弥陀印を結び，結跏趺坐【けっかふざ】の姿勢で坐している。
顔面及び胸部を金色に塗っているが，これは後補と思われる。腹部の衣文【えもん】に翻波【ほんぱ】式の手法がみられる優作。平安時代後期の作。 
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64323.html	""
88	342076	88	広島県	福山市	木造地蔵菩薩立像	もくぞうじぞうぼさつりゅうぞう	""	""	県指定重要文化財	美術工芸品	西町　能満寺	""	""	""	""	""	""	1	躯	""	""	26413	""			""	""	""	""	""	"顔及び胸部に金泥を塗り，法衣は金箔をおいた上に繊細優美な菊花・唐草の文様を描いている。玉眼入り，面相は豊満。
衣は通肩にかけ，右手に錫杖【しゃくじょう】を持ち，左手に後補と思われる宝珠を置いている。岩座（後補）の上に臼形蓮座を置き，写実的な作風の秀作である。室町時代中期の作。 
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64322.html	""
89	342076	89	広島県	福山市	木造釈迦如来坐像ならびに脇侍二菩薩の獅子座および白象座	もくぞうしゃかにょらいざぞうならびにわきじにぼさつのししざおよびはくぞうざ	""	""	県指定重要文化財	美術工芸品	北吉津町　胎蔵寺	""	""	""	""	""	""	3	躯	""	""	26413	""			""	""	""	""	""	"本尊は寄木造，木眼で白毫は水晶。法衣を通肩【つうけん】にかけ，手は説法印を結び，手の指間に弁網を張り，結跏趺坐【けっかふざ】して装飾蓮座に坐している。
文殊菩薩は獅子座に，普賢菩薩は白象座に乗り，二菩薩は後補であるが，獅子および白象の二台座は本尊と同時代と思われる。釈迦三尊の形を残すものとして県内でも珍しいものである。
なおこの仏像は，城山の地常興寺にあったものを，福山初代藩主水野勝成が福山城築城に際し，この寺に移したものと伝えられる。室町時代中期の作。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64321.html	""
90	342076	90	広島県	福山市	木造毘沙門天立像	もくぞうびしゃもんてんりゅうぞう	""	""	県指定重要文化財	美術工芸品	神村町　毘沙門天収蔵庫	""	""	""	""	""	""	1	躯	""	""	27016	""			""	""	""	""	""	"一部に後補や磨滅がみられるが，材質の桧の木目を巧みに利用した秀作である。腰より半円形に垂れる腰緒には翻波【ほんぱ】式の彫法を用い，背中の冑尾垂れを短かくするなど時代の特徴をよく表わしている。鬼座・円光背・宝冠・持物及び鰭【ひれ】は後補。平安時代の作。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64325.html	""
91	342076	91	広島県	福山市	木造地蔵菩薩半跏像	もくぞうじぞうぼさつはんかぞう	""	""	県指定重要文化財	美術工芸品	金江町　実蔵坊	""	""	""	""	""	""	1	躯	""	""	27016	""			""	""	""	""	""	"玉眼入り，水晶白毫をそなえている。法衣を通肩にまとい袈裟をかけ，衣文は写実的で胸の下部に褌帯を表わしているのは珍しい。頸部に三道があり，耳朶に孔を貫くなど時代的技法がみられる。
なお像の底部にはめ込んだ六角柱（高さ14.8センチ）に像の由来と承応3年（1654年）の銘が書かれ，この仏像がもと京都醍醐寺にまつられていたことがわかる。室町時代中期の作。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64326.html	""
92	342076	92	広島県	福山市	木造薬師如来立像	もくぞうやくしにょらいりゅうぞう	""	""	県指定重要文化財	美術工芸品	鞆町　医王寺	""	""	""	""	""	""	1	躯	""	""	27016	""			""	""	""	""	""	"この像は医王寺の秘仏として厨子に納められ保存がよく台座等はすべて当初のものである。
白毫【びゃくごう】をはめ螺髪【らほつ】は左螺で肉髻【にっけい】相の痕を残している。玉眼入り。
着衣の彫法は写実的で，特に胸部の複雑な衣文や左右両手の臂【ひじ】より垂れる法衣の袂はよく時代の特色を現わしている。耳朶【じだ】に孔を貫き，口唇に紅をさしている。室町時代中期の作。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64324.html	""
93	342076	93	広島県	福山市	木造阿弥陀如来立像	もくぞうあみだにょらいりゅうぞう	""	""	県指定重要文化財	美術工芸品	内海町　西音寺	""	""	""	""	""	""	1	躯	""	""	28940	""			""	""	""	""	""	"この仏像は特徴としては次のような点がある。　
木目をシンメトリーに利用して顔面の円満な相や胸部のふくらみを巧みに表現している。また衣文にまでも木目を左右均等に応用するなど巧みな彫法を施している。   
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64071.html	""
94	342076	94	広島県	福山市	木造仁王立像	もくぞうにおうりゅうぞう	""	""	県指定重要文化財	美術工芸品	駅家町　福盛寺	""	""	""	""	""	""	2	躯	""	""	30005	""			""	""	""	""	""	"真言宗福盛寺は往古12坊を擁する広大な境内をもつ古寺として知られ，仁王立像は福盛寺より約800メートル下った仁王門内に安置されている。
この像は，吽形力士の胎内墨書によって製作年代（寛元3年，1245年），作者名（僧昌快）がはっきりし，県内の指定仁王像の中では最も古いものである。
像の一部に後補がみられるが，主体は当時のままで，2躯とも巧みな用刀で流暢な表現がなされ，力感にあふれ，動的な彫刻の隆盛期である鎌倉時代の作風を偲ばす貴重な作品である。 
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64327.html	""
95	342076	95	広島県	福山市	木造十一面観音立像	もくぞうじゅういちめんかんのんりゅうぞう	""	""	県指定重要文化財	美術工芸品	鞆町　地蔵院	""	""	""	""	""	""	1	躯	""	""	33350	""			""	""	""	""	""	"頭上に化仏10面を載せた観音で，天衣，条帛など写実性にたけ，作風も洗練されている。唇を開け，上歯4本をのぞかせ，両玉眼は微笑を浮かべ，観音像としては他に類例を見ない相好のもので，仏教信仰史上注目すべき作例であり，また彫刻史的にも貴重である。室町時代の作。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64328.html	""
96	342076	96	広島県	福山市	木造弥勒菩薩坐像及び木造不動明王坐像・木造愛染明王坐像	もくぞうみろくぼさつざぞうおよびもくぞうふどうみょうおうざぞう・もくぞうあいぜんみょうおうざぞう	""	""	県指定重要文化財	美術工芸品	草戸町　明王院	""	""	""	""	""	""	3	躯	""	""	43913	""			""	""	""	""	""	"明王院の国宝五重塔初層の須弥壇上に安置される本尊とその両脇侍像です。弥勒菩薩像は，高髻を結い，半眼閉口とし，右手を上に重ねるように腹前で禅定印を結び，弥勒菩薩の象徴である宝塔（水晶製，後補）を表しています。右脚を外に結跏趺坐します。
不動明王坐像は，総髪に，頂上に八束の莎髻を表し，弁髪を左耳前に垂下します。瞋怒相で，右手に宝剣を，左手に羂索を取り，左脚を外に結跏趺坐します。
愛染明王像は，頭頂に獅子を表し，その上に五鈷を乗せます。額に第３目を表し，両上牙を上出して忿怒相とします。六臂には，右手はそれぞれ，五鈷杵，箭，未生蓮華を，左手はそれぞれ，五鈷鈴，弓，金剛拳とし，宝瓶上の蓮華座に右脚を外に結跏趺坐します。
三尊はいずれも寄木造で玉眼を嵌入し，弥勒菩薩は全身を金色，不動明王は肉身部を群青色，愛染明王は肉身部を朱色とし，着衣には截金や盛り上げ彩色による華麗な文様が描かれています。これらの文様が五重塔初層の堂内荘厳画の筆致と類似していることから，三尊像の造立年代も，五重塔が建立された貞和４年（1348）と考えられます。
五重塔が建立された際に，本尊として造立されたもので，引き締まった肉身の表現や，端麗な衣文表現，截金や盛り上げ彩色などの荘厳からも丁寧な造立がうかがえ，本市の南北朝時代を代表する仏像として，広島県重要文化財に指定されました。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64345.html	""
97	342076	97	広島県	福山市	木造阿弥陀如来坐像	もくぞうあみだにょらいざぞう	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	木之庄町　韜光寺	""	""	""	""	""	""	1	躯	""	""	25658	""			""	""	""	""	""	耳朶【じだ】は長く，膝上で弥陀定印を結び，特に衣文は流麗で，下方をみる半眼は慈眼で優作。室町時代中期の作。	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64330.html	""
98	342076	98	広島県	福山市	木造阿弥陀如来立像	もくぞうあみだにょらいりゅうぞう	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	瀬戸町　福成寺	""	""	""	""	""	""	1	躯	""	""	25658	""			""	""	""	""	""	木眼・白毫【びゃくごう】を完存し，頭部正面のみ渦左巻螺髪とし，他は櫛けずりである。顔面及び胸部に金箔を貼り，衣文は写実的で流麗である。足先及び両腕に後補がみられる。室町時代後期の作。一木造は，この時代では珍しい。   	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64331.html	""
99	342076	99	広島県	福山市	木造阿弥陀如来立像	もくぞうあみだにょらいりゅうぞう	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	松永町　上之町観音堂	""	""	""	""	""	""	1	躯	""	""	25658	""			""	""	""	""	""	"玉眼入り。白毫も完存している。衣文は写実的で，踏分け蓮座（当初のもので高さ32センチ）の上に立つ優作。室町時代中期の作。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64333.html	""
100	342076	100	広島県	福山市	木造地蔵菩薩半跏像	もくぞうじぞうぼさつはんかぞう	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	松永町　上之町観音堂	""	""	""	""	""	""	1	躯	""	""	25658	""			""	""	""	""	""	玉眼入り，水晶の白毫をそなえている。室町時代中期をやや降る作。	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64335.html	""
101	342076	101	広島県	福山市	木造釈迦如来坐像	もくぞうしゃかにょらいざぞう	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	桜馬場町　弘宗寺	""	""	""	""	""	""	1	躯	""	""	25658	""			""	""	""	""	""	"複合装飾台座に結跏【けっか】している。頭部は螺髪【らほつ】で玉眼入り。白毫【びゃくごう】，肉髻【にっけい】が共に螺線を刻した水晶をはめこんでいるのは珍しく，面相，衣文の彫法はよく時代の特徴を表わす釈迦像として貴重なものである。室町時代中期の作。  
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64329.html	""
102	342076	102	広島県	福山市	木造十一面観音坐像	もくぞうじゅういちめんかんのんざぞう	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	松永町　上之町観音堂	""	""	""	""	""	""	1	躯	""	""	25658	""			""	""	""	""	""	"頭部の十一面の化仏のうち，髻頂【けいちょう】の一面を残し，他は欠失している。坐像の背部に漆塗り箱（縦15.5センチ，横9センチ，深さ7センチ，観音開き扉付き）が入れこまれ，中に阿弥陀坐像の小仏が納められている。胎内仏を納めた珍しい仏像である。江戸時代初期の作。 
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64334.html	""
103	342076	103	広島県	福山市	木造十一面観音立像	もくぞうじゅういちめんかんのんりゅうぞう	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	瀬戸町　福成寺	""	""	""	""	""	""	1	躯	""	""	25658	""			""	""	""	""	""	"頭部の化仏【けぶつ】も完備し，よく十一面の相を残している。白毫・三道【さんどう】ともに規のとおりで，両手に垂れる天衣は後補と思われるが，衣文の彫法は写実的で，よく時代の作風を偲ばせている。台座は臼形蓮座で当初のものを塗りかえ補修していると思われる。
室町時代中期の作。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64332.html	""
104	342076	104	広島県	福山市	木造阿弥陀如来立像	もくぞうあみだにょらいりゅうぞう	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	沼隈町　光林寺	""	""	""	""	""	""	1	躯	""	""	25842	""			""	""	""	""	""	"像表面の彩色は，肉身を金泥塗り，着衣に漆箔，頭髪は胡粉下地に群青色を施す。眉と髭は墨線で描き，唇には朱色を差すがほとんど剥落している。肉身の金泥塗りは江戸時代末期の補彩であり，着衣の漆箔は当初のものと考えられる。両手の指は細長く，来迎印を結ぶ左右第1指先は2指先の側面に押し重ねるように的確に表現したり，爪先をわずかに反り立てる指先の写実的な表現など，その彫技は巧妙である。体躯の肉付きは比較的豊かに表し，バランスが整い風格のある仕上がりとなっている。
室町時代前期の作であり，江戸時代末期に修理されたものである。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64238.html	""
105	342076	105	広島県	福山市	木造阿弥陀如来坐像	もくぞうあみだにょらいざぞう	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	鞆町　医王寺	""	""	""	""	""	""	1	躯	""	""	26388	""			""	""	""	""	""	"白毫をはめ，肉髻相の痕を残し，螺髪を切り込み，膝の上で弥陀定印を結び，法衣は通肩にかける。姿態の整った美しい像である。室町時代中期の作。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64337.html	""
106	342076	106	広島県	福山市	木造地蔵菩薩立像	もくぞうじぞうぼさつりゅうぞう	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	鞆町　地蔵院	""	""	""	""	""	""	1	躯	""	""	26388	""			""	""	""	""	""	玉眼入り，白毫をはめ法衣は赤色に染め通肩にかけ，袈裟の田相【でんそう】境には唐草文を胡粉浮しに表し，台座は踏分け複合装飾蓮座で美麗である。室町時代の中期の作。	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64336.html	""
107	342076	107	広島県	福山市	木造阿弥陀如来立像 附　厨子	もくぞうあみだにょらいざぞう	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	寺町　一心寺	""	""	""	""	""	""	1	躯	""	""	26388	""			""	""	""	""	""	"玉眼入り，白毫，肉髻相。
両手で弥陀定印を結ぶ。三道，耳朶孔を造り，彫法は写実的でよく時代の作風を表している。高さ38.5センチの複合装飾蓮華座に立っている。
厨子は木製木瓜【もっこう】型，観音開きで，扉の右内側に観音立像，善導大師立像，左側に勢至立像，法然上人を描いている。
本尊，厨子ともに沼隈郡山南の桑田家のものが悟真寺，一心寺へと移ったものと伝えられる。室町中期をやや降る作。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64338.html	""
108	342076	108	広島県	福山市	木造阿弥陀如来立像	もくぞうあみだにょらいりゅうぞう	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	草戸町　明王院	""	""	""	""	""	""	1	躯	""	""	27102	""			""	""	""	""	""	"玉眼入り，肉髻相【にっけいそう】。
螺髪【らほつ】にかすかな螺線があり，白毫【びゃくごう】は後補のようである。三道を表わし，耳朶【じだ】孔がある。光背は高さ102センチの舟形火焔，台座は高さ46センチの複合装飾蓮座。室町時代中期の作。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64339.html	""
109	342076	109	広島県	福山市	木造南無太子像	もくぞうなむたいしぞう	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	草戸町　明王院	""	""	""	""	""	""	1	躯	""	""	27102	""			""	""	""	""	""	"玉眼入り。赤色の裳をつけた合掌立像で，いわゆる三才童子像。
室町時代末期の作。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64340.html	""
110	342076	110	広島県	福山市	木造不動明王立像（護摩堂本尊）	もくぞうふどうみょうおうりゅうぞう	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	草戸町　明王院	""	""	""	""	""	""	1	躯	""	""	27102	""			""	""	""	""	""	"明王院護摩堂（市重文）の本尊。
高さ74センチの岩座に立ち、玉眼、牙歯を入れ、三道を表わしている。弁髪【べんはつ】を左肩に垂らし右手に剣、左手に索【さく】を握り、腕・手首・足首に環（釧【くしろ】）をはめている。室町時代末期の作。 "	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64341.html	""
111	342076	111	広島県	福山市	木造不動明王立像	もくぞうふどうみょうおうりゅうぞう	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	草戸町　明王院	""	""	""	""	""	""	1	躯	""	""	27102	""			""	""	""	""	""	"牙歯を上下より出し，玉眼はない。右手に剣，左手を下げ，索を握り肩衣をかけ，腰に裳をまとい，岩座に立っている。光背は高さ122.5センチの火焔。室町時代中期の作。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64342.html	""
112	342076	112	広島県	福山市	木造阿弥陀如来立像	もくぞうあみだにょらいりゅうぞう	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	水呑町　妙蓮寺	""	""	""	""	""	""	1	躯	""	""	30473	""			""	""	""	""	""	"螺髪は切り込み式で肉髻は低く，螺髪の顔面の生えぎわが少し額に垂れている。全体に金泥を塗り金色の仏体となっているが剥落もあって下塗りの黒漆がのぞいている。顔面は褐色に彩色されている。
衣文は写実的であるが，やや生硬【せいこう】な感がする。台座は装飾蓮座（高さ33cm）で踏分けになっているのは時代の特色をうかがわせる。室町時代中期をやや降る作。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64343.html	""
113	342076	113	広島県	福山市	木造阿弥陀如来立像	もくぞうあみだにょらいりゅうぞう	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	草戸町　明王院	""	""	""	""	""	""	1	躯	""	""	34327	""			""	""	""	""	""	"本像は，右手を胸の高さに上げ，左手を垂下し来迎印を結び，蓮華座上に立つ。彫眼をあらわす目は半眼開きとし，厚めの唇を緩く結び，豊満な面相になる。白毫には水晶を嵌める。螺髪は切り込み式にあらわし，肉髻珠をとどめる。
表層の当初の彩色はほとんど剥落しており，木地が露出している箇所もある。惜しむらくは顔面・胸部に施された後補の雑な漆箔で，当初の像容を損なわさせている。
しかし，鎌倉風の風格のある姿態の表現などに優れ，県内でも有数の等身大像の遺例として貴重なものである。鎌倉時代末期の作。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64346.html	""
114	342076	114	広島県	福山市	木造役行者像及び二鬼（前鬼･後鬼）像	もくぞうえんのぎょうじゃぞうおよびにきぞう	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	鞆町　福禅寺	""	""	""	""	""	""	3	躯	""	""	34327	""			""	""	""	""	""	"修験道の開祖とされる役行者は，僧衣に袈裟を纏い，高下駄を履いて岩座に腰掛ける姿にあらわす。右手先及び持物錫杖，並びに左手持物（独鈷杵か）は欠失しており，目には玉眼を嵌める，前鬼は右手先，後鬼は左手先を欠失する。役行者及び二鬼は，当初の彩色がほとんど剥落しているものの，仏像彫刻が衰退する室町時代においては，肖像彫刻分野の優れた面をうかがわせる。室町時代末期の作。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64093.html	""
115	342076	115	広島県	福山市	木造五大虚空蔵菩薩懸仏	もくぞうごだいこくうぞうぼさつかけぼとけ	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	草戸町　明王院	""	""	""	""	""	""	1	面	""	""	35057	""			""	""	""	""	""	"雲の絵を描いた円形台板上に半肉彫成の木造五大虚空蔵菩薩坐像を蓮華座部でとめ，円板上部二箇所に吊り金具をつけた懸仏である。各像の装飾金具・持物・円光背を金属とするほかはすべて木造である。
この懸仏に見られる各像の彫技・彩色については，江戸時代前期における優れた作風を感じとることができる。懸仏の遺例はさほど多くはなく，当代のものとしては貴重なものである。江戸時代前期の作。"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64347.html	""
116	342076	116	広島県	福山市	木造地蔵菩薩半跏像	もくぞうじぞうぼさつはんかぞう	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	鞆町　福禅寺	""	""	""	""	""	""	1	躯	""	""	34327	""			""	""	""	""	""	"本像は，右足を曲げ，左足を踏み降ろした姿，いわゆる半跏趺坐【はんかふざ】の姿になる。右手は曲げて錫杖を執り，左手は膝上に置いて宝珠を載せている。目は彫眼として，耳は長大なつくりとし，耳朶【じだ】は貫孔とする。表層の漆箔はほとんど剥落し，素地が露出している。
豊麗な面相の表現や全体的な彫成は，風格を感じさせる。室町時代の作。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64350.html	""
117	342076	117	広島県	福山市	木造制た迦・矜羯羅童子立像	もくぞうせいたか・こんがらどうじりゅうぞう	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	草戸町　明王院	""	""	""	""	""	""	4	躯	""	""	34327	""			""	""	""	""	""	"制た迦童子（1）は，目には玉眼を嵌め，肉身は朱彩とし，両肩に纏う天衣・裳には，群青・緑青・朱・白・金色などを用いて菊花文・羯磨【かつま】文・龍などを緻密で色鮮やかにあらわす。小像ではあるが，彫技の巧みさに優れ，力強さが感じられる。
制た迦童子（2）は，目には玉眼を嵌め，肉身は朱彩とし，天衣・裳には制た迦童子（1）と同様に色鮮やかに唐草文・獅子・龍などをあらわす。
矜羯羅童子（1）は，目には玉眼を嵌め，肉身は白色を施し，天衣・裳には色鮮やかに唐草文・輪宝文・獅子などをあらわす。虚ろで愛念の相を巧みに表現した優作である。
矜羯羅童子（2）は，目には玉眼を嵌め，肉身は白色を施し，天衣・裳には色鮮やかに唐草文・迦陵頻伽【かりょうびんが】などをあらわす。彩色技法にも優れた点が認められる。4躯とも江戸時代初期の作。 
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64344.html	""
118	342076	118	広島県	福山市	木造千手観音立像	もくぞうせんじゅかんのんりゅうぞう	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	鞆町　福禅寺	""	""	""	""	""	""	1	躯	""	""	34327	""			""	""	""	""	""	"本像は，頭上に十一面の化仏を頂く四十二臂の立像である。目には玉眼を嵌め，水晶態の白毫をとどめ，耳は長大なつくりとし，耳朶は貫孔とする。像全体に施された漆箔は江戸時代のものであるほか，宝冠・瓔珞・持物・天衣・台座及び円光背も江戸時代の後補になる。しかし，全体的には当初の姿をよくとどめ，秀麗な面相に優れたものを感じさせる。鎌倉時代末期の作。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64349.html	""
119	342076	119	広島県	福山市	木造釈迦如来坐像	もくぞうしゃかにょらいざぞう	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	内海町　幢福寺	""	""	""	""	""	""	1	躯	""	""	37893	""			""	""	""	""	""	"仏像の姿態バランスが良く整った作品である。像高に比して深い奥行きを持った重厚な仏像で，面や胸の奥行きの深さ，さらに腹の出っ張りはかなり誇張されたものである。このように肉付きはかなり豊かであるが，肉がだぶつくことなく引き締まり，堂々たる体躯を示している。
制作時期については，時代を示す根拠に乏しいが，室町時代後期まで遡ることが可能である。"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64199.html	""
120	342076	120	広島県	福山市	石造地蔵菩薩坐像	せきぞうじぞうぼさつざぞう	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	鞆町　安国寺	""	""	""	""	""	""	1	躯	""	""	15691	""			""	""	""	""	""	"安国寺釈迦堂前の地蔵堂にあり，舟形光背を背負う丸彫りの石像が蓮華座にのっている。
石材は花崗岩で，総高219センチ，像高120センチ，光背裏面に沙弥【しゃみ】円乗・比丘尼妙蓮【びくにみょうれん】の逆修【ぎゃくしゅ】のために造立したことと，「元徳二年庚午卯月廿三日　願主　藤原貞氏」の銘がある。
像の彫成は簡素古拙で，全体として硬直の感はあるが，鎌倉時代の石仏としての風格を備えた優作である。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64319.html	""
121	342076	121	広島県	福山市	毛抜形太刀	けぬきがたたち	""	""	国指定重要文化財	美術工芸品	岡山県立博物館	""	""	""	""	""	""	4	口	""	""	15697	""			""	""	""	""	""	"四口とともに鎬造，庵棟，腰反りで鍛えは板目，刃文は直刃である。茎に毛抜形の透かしを施した，平安時代に盛行したこの種の太刀の模古作である。前二口は尾道の刀工五阿弥長行，後者の二口は三原の刀工正光の作で，いずれも室町時代後期のものである。なお銘にみえる天文24年は1555年である。  
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64210.html	""
122	342076	122	広島県	福山市	達磨大師位牌	だるまだいしいはい	""	""	県指定重要文化財	美術工芸品	鞆町　安国寺	""	""	""	""	""	""	1	基	""	""	20120	""			""	""	""	""	""	"法燈派の宗祖達磨大師の位牌である。もと朱漆塗り。裏面に「癸酉金宝大工藤原季弘奉造捨入」と銘がある。
この位牌は古くから知られていたが，「金宝大工」の意味が不明なため注目を集めていなかった。しかし同寺の木造阿弥陀如来像の胎内銘の発見により，「金宝寺大工」であることが判明した。したがって安国寺の前身金宝寺仏殿であった釈迦堂が文永十年癸酉（1273年）に造営され，これを記念して金宝寺大工藤原季弘がこの位牌を施入したと推察される。この意味で金宝寺建立の年代を知る上で貴重であり，また鎌倉時代の位牌の形式を備えたきわめて大切な資料である。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64088.html	""
123	342076	123	広島県	福山市	金銅五鈷鈴	こんどうごこれい	""	""	県指定重要文化財	美術工芸品	駅家町　福盛寺	""	""	""	""	""	""	1	口	""	""	20178	""			""	""	""	""	""	"真言宗の古刹，福盛寺の境内から江戸時代に掘り出されたものである。江戸時代中期に堂宇が焼失しており，この時土中に埋もれたものと考えられる。
五鈷鈴は密教法具の一つで，五鈷杵【しょ】形の柄をつけた鈴をいい，密教修法の時に諸尊を驚覚歓喜せしめるために振り鳴らす法具である。
この金銅五鈷鈴は，弘法大師将来と伝える唐代の作品であるが，五鈷はいずれも上部を欠損している。鈴に五大明王が彫刻され，絵より下部はややすぼんだ形状を呈する。尾道西国寺に類例がある。火災にあい五鈷の上部を欠損しているが，全体に精巧な細工を施した優品である。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64351.html	""
124	342076	124	広島県	福山市	銅製錫杖頭	どうせいしゃくじょうがしら	""	""	県指定重要文化財	美術工芸品	新市町　吉備津神社	""	""	""	""	""	""	1	柄	""	""	21203	""			""	""	""	""	""	"柄管の上部に円形の環をつけ，環の両肩ならびにその対角の環上に弧月形の突起がついている。環の上頭には五輪塔を鋳出し，その五輪塔と柄管を結ぶ環内直線上には，両脇に華瓶をもつ宝篋印塔を鋳出している。普通の錫杖に見ると同様に，仏教の六道を意味する6個の小環が左右に3個ずつ完存している。この錫杖は環に古い形式をとどめており，大形であるのも珍しい。柄管に応仁3年（1469年）の紀年銘をもっている。  
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64211.html	""
125	342076	125	広島県	福山市	姫谷焼色絵皿	ひめたにやきいろえざら	""	""	県指定重要文化財	美術工芸品	加茂町　個人蔵	""	""	""	""	""	""	6	枚	""	""	26053	""			""	""	""	""	""	"姫谷焼は，江戸時代前期末～中期初頭にかけて陶工市右衛門によって短期間焼かれたと伝えられる日本の初期色絵磁器の一つである。

色絵紅葉文中皿は五枚一組で，口径15.3センチ，高さ2.1センチを測る。色絵飛雁山水図中皿は一枚で，口径17.5センチ，高さ2.6センチを測る。

これらはいずれも磁胎は薄造りで，瀟洒な造りとし，絵柄は余白の多い簡素な構図をきわめて単調な筆致で描き，工芸品としても優れ，姫谷焼の伝世資料として貴重なものである。

"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/65133.html	""
126	342076	126	広島県	福山市	密教法具	みっきょうほうぐ	""	""	県指定重要文化財	美術工芸品	金江町　実蔵坊	""	""	""	""	""	""	1	具	""	""	27016	""			""	""	""	""	""	"五鈷杵【ごこしょ】　1口
　心中の煩悩をくだき仏性の智光をあらわす意味で用いられる金剛杵の一種である。
　金銅製，長さ14.6センチ，鈷の肩張りは強く，握柄の二重帯はよくしまり，猪目もよく現われている。蓮弁の脈すじの細かさは精巧で，製作年代に相応する作品である。
五鈷鈴【ごこれい】　1口
　密教修法のとき諸尊を驚覚，歓喜させるために振り鳴らす法具，金剛鈴の一種である。
　金銅製，高さ19センチ，口径7.6センチ，鈴の厚さ0.4センチ，鈴肩の蓮弁は握柄の蓮弁と同じ手法で，鈴胴には子持ち帯を二段に巻いている。
金剛盤【こんごうばん】　1面
　金剛鈴と金剛杵を置く台で，中央に五鈷鈴，前に五鈷杵を置く。
　金銅製，高さ3.8センチ，縦17.8センチ，横24.5センチ，三つの脚がつき，形は四孤形である。外縁は断面三角形に鋳出し，前面の孤の両端に猪目を鋳抜いている。
　以上3点はいずれも鎌倉～室町時代の作品で精緻な細工の優品である。

"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64353.html	""
127	342076	127	広島県	福山市	革包茶糸威二枚胴具足	かわづつみちゃいとおどしにまいどうぐそく	""	""	県指定重要文化財	美術工芸品	寺町　賢忠寺	""	""	""	""	""	""		""	""	""	28195	""			""	""	""	""	""	"水野勝成が福山を開いた水野勝成が関ヶ原合戦の時着用したものと伝える。兜は鋲打出、唐冠形の鉢の左右に黒い熊手で包んだ長い纓【えい】をつけ、前立【まえだて】には木製漆塗の魅（獅噛【しかみ】）がとりつけてある。胴に鉄を革包にし茶漆塗りにした二枚の横矧桶側胴【よこはぎおけがわどう】で、その下部二段は金茶系で毛引威にする。草摺【くさずり】は六間、五段下り。胸板と押付板に金銀象嵌の文字、脇板にも水野家紋や永楽通宝の銀象嵌を施す。旧来の甲冑にくらべ特異な意匠をもち防御にすぐれ軽快堅牢で、痛みは少なくほぼ完形である。この形式は室町末期から安土桃山時代にかけて発達し、この具足はその完成期に武将が着用した当世具足として武具の歴史を知る上で貴重な資料である。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64070.html	""
128	342076	128	広島県	福山市	金銅製三鈷杵	こんどうせいさんこしょ	""	""	県指定重要文化財	美術工芸品	内海町　西音寺	""	""	""	""	""	""	1	口	""	""	28940	""			""	""	""	""	""	"三鈷杵は把の両端に三本の鈷を付したものである。把部及び中鈷の表現は独鈷杵とほぼ同様とするが，把部の断面は楕円形になる。脇鈷はなだらかな弧を描いて下方で一段くびれ，そのくびれ部に鳥の嘴形の突起を表す。把部の扁平度，鈷の張りがわずかに弱まる点などが時代の特徴を示す。
制作手法から見て，同寺の独鈷杵と三鈷杵は同類のものと思われる。"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64200.html	""
129	342076	129	広島県	福山市	金銅製独鈷杵	こんどうせいどっこしょ	""	""	県指定重要文化財	美術工芸品	内海町　西音寺	""	""	""	""	""	""	1	口	""	""	28940	""			""	""	""	""	""	"密教法具の一種である独鈷杵は，把の両端にそれぞれ一本の鈷をつけるもので，金剛杵の基本形態をなしている。
元々は武器であったが，象徴化されて，煩悩をくだき，仏性をあらわすための法具となった。この独鈷杵は把部中央に張り出しの強い横細長の鬼目を四方に配し，その上下に間弁を備えた単弁八葉の蓮弁帯を二線の紐帯で締める。蓮弁帯上下の子持ち帯の鋳出が形式化するなど，把部の表現は全体的にわずかな脆弱化が認められる。鈷部は断面を方形とするものの，各面中央には鎬を入れている。把部の長さに対して鈷部は短めになるが，全体の仕上げはよくまとまり，鋭さを表している。   "	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64201.html	""
130	342076	130	広島県	福山市	銅鐘	どうしょう	""	""	県指定重要文化財	美術工芸品	沼隈町　西光寺	""	""	""	""	""	""	1	口	""	""	28940	""			""	""	""	""	""	"銘文によれば，この銅鐘は大内義隆らが施主となり，厳島大願寺の僧尊海らが願主となり，天文13年（1544年）6月29日に厳島神社に奉納したものである。
『芸藩通志』によれば，この銅鐘は，厳島の外宮地御前神社にあったが，宝暦5年（1755年）の火災以後使用されていなかった。それを安芸の真光寺が求めて持ちかえったと伝えられている。ペリー来航に備えて供出されていた梵鐘を，西光寺が明治10年頃広島で入手し，ここに設置したものである。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64239.html	""
131	342076	131	広島県	福山市	銅製鰐口	どうせいわにぐち	""	""	県指定重要文化財	美術工芸品	神辺町　蓮乗院	""	""	""	""	""	""	1	口	""	""	29396	""			""	""	""	""	""	"表裏二面を同型で鋳造し合わせた作品で，両面の銘帯には次の銘文が陰刻されている。
表面：（右）右廻り　應永十六年二月
　　　   （左）左廻り　大願主惣旦中　
裏面：（右）右廻り　備後国安那郡八尋村神宮寺
撞座区には蓮華文の撞座が陽鋳されており，耳は隅丸の矩形を呈し，片面交互式をなす。また，蓮乗院の前身は二宮神社の神宮寺であった。銘文のとおり応永16年（1408年）に神宮寺に寄進されたことがわかる。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64253.html	""
132	342076	132	広島県	福山市	太刀-銘　助國-	たち　-めい　すけくに-	""	""	県指定重要文化財	美術工芸品	引野町　個人蔵	""	""	""	""	""	""	1	口	""	""	35338	""			""	""	""	""	""	"この太刀は鎌倉末期のもので，ごく数の少ない国分寺助國の太刀で，作品としても優秀である。しかも鎌倉時代のもので，目釘孔1個で茎【なかご】が生【う】ぶであるのも貴重である。
なお現在，県内に助國の太刀はこれ1口である。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64069.html	""
133	342076	133	広島県	福山市	足利義昭胴肩衣 附肩衣之由来書	あしかがよしあきどうかたぎぬ	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	熊野町　常国寺	""	""	""	""	""	""	1	着	""	""	23467	""			""	""	""	""	""	"天正4年（1576年）織田信長と不和になった将軍足利義昭は，毛利氏を頼って鞆に来往し幕府の再興を志した。この時熊野一乗山城主渡辺四郎左衛門景は将軍の警固と接待役を務めた。
この胴肩衣は単衣の麻で，後身頃と前身頃にそれぞれ桐の紋を入れ，義昭の着用したものと伝えられている。渡辺氏がこれを拝領し，彼の菩提寺常国寺へ寄進したと考えられる。同寺蔵の足利義昭御内書・真木島玄蕃守書状（いずれも市重文）と共に義昭備後在住を物語る歴史的な遺品である。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64354.html	""
134	342076	134	広島県	福山市	銅鐘	どうしょう	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	沼隈町　光照寺	""	""	""	""	""	""	1	口	""	""	23924	""			""	""	""	""	""	この鐘は，慶長18年（1613年）の銘を持ち朝鮮鐘の形式を取り入れた和鐘である。羽柴左衛門大夫正則（福島正則）と代官間島美作守が子孫繁昌と武運長久並びに富貴を願ってこの鐘を鋳造したことが刻まれている。また，上部には旗指物の筒が附属する。	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64116.html	""
135	342076	135	広島県	福山市	千種作神楽筒	ちぐささくかぐらづつ	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	鞆町　沼名前神社	""	""	""	""	""	""	1	個	""	""	24503	""			""	""	""	""	""	"万治3年（1660年），福山3代藩主水野勝貞が能舞台と共に神社に寄進したもので，桐の黒漆地に鳳凰の金蒔絵をほどこした優品である。筒の内面に「奉寄進備後国沼隈郡鞆津祇園牛頭天王御宝殿神楽筒千種作」「万治三庚子歳四月吉辰　同国太守源朝臣水野氏日向守勝貞」と記している。
作者の千種は室町時代の能面師で大和に住み，いわゆる六作の一人として有名である。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64355.html	""
136	342076	136	広島県	福山市	能面並びに箱類	のうめんならびにはこるい	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	鞆町　沼名前神社	""	""	""	""	""	""	1	具	""	""	24503	""			""	""	""	""	""	"この一具は福山初代藩主水野勝成が寄進したもので，徳川秀忠から伏見能舞台と共に太閤遺愛の品を拝領したと伝えている。
面箱は中国明代の風俗図を漆地に金蒔絵をほどこしたもので，面箱として転用されたもののようである。外箱はこの面箱を保存するためのもので，桧の曲物で蓋裏に「永禄八年六月吉日，中須賀新左衛門高次」の墨書があり，永禄八年（1565年）に同社社家中須賀氏が調製したことがわかる。いずれも桃山時代の美術的に優れた作品である。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64356.html	""
137	342076	137	広島県	福山市	鏃	やじり	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	沼隈町　個人蔵	""	""	""	""	""	""	1	本	""	""	23924	""			""	""	""	""	""	鉄製の雁股鏃で空穂（熊毛皮）に伴って伝世しているものである。全体が錆に覆われ刃部が少しかけている。	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64241.html	""
138	342076	138	広島県	福山市	空穂(熊毛皮）	うつぼ（くまけがわ）	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	沼隈町　個人蔵	""	""	""	""	""	""	1	腰	""	""	25842	""			""	""	""	""	""	"竹網代の表面に熊の毛皮を張った『逆頬空穂』と呼ばれるものである。空穂とは矢を入れる容器で，箙にさした矢を湿気や乾燥から守るために，矢に穂と呼ぶ竹網代の筒をかぶせたものである。網代の表面に猪や鹿の皮張りや漆塗りのものなどもある。はじめは，狩猟用であったが，のちには，軍用にも用いられた。この空穂は，江戸時代の地誌『福山志料』にも挿絵をまじえて紹介されているが，形はほとんど変わらずに，今日まで伝えられている。   
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64240.html	""
139	342076	139	広島県	福山市	金銅製土砂容器	こんどうせいどしゃようき	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	草戸町　日光寺	""	""	""	""	""	""	1	口	""	""	27102	""			""	""	""	""	""	この土砂容器は土砂加持法要に使用する密教法具で，蓋のつまみは五鈷形で，蓋の上部に八葉の蓮弁を鋳出している。頸部及び胴から台座上部にかけ蓮弁をめぐらし二条の帯をしめ胴部前面に唐草文を毛刻した美しいものである。室町時代中期の作。 	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64114.html	""
140	342076	140	広島県	福山市	銅製磬	どうせいけい	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	坪生町　西楽寺	""	""	""	""	""	""	1	口	""	""	27102	""			""	""	""	""	""	"磬は梵音具に属する仏具の一つで，通常は磬架に懸け，法会のはじまりと終わりに一度ずつ導師によって打ちならされる。
この銅製磬は山形をした孔雀文磬で表に蓮華撞座を中心に孔雀を対称に鋳出している。また「奉掛磬一口」「二世安楽」「施主船曳徳右衛門宗平」と刻銘している。室町時代中期の作。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64357.html	""
141	342076	141	広島県	福山市	鳥文磬	ちょうもんけい	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	駅家町　福盛寺	""	""	""	""	""	""	1	口	""	""	34327	""			""	""	""	""	""	"磬は，仏教法会の座に於いて，導師の右脇の磬架に懸け打ちならして使用する法具である。
形式は，通例本磬に見るような山形で上縁・下縁を花稜形の連孤とし，中心に蓮華文の撞座【つきざ】と左右に孔雀文を陽鋳している。この形式は中世に多く，下記の銘文が陰刻され，その製作の時期が判明することは貴重である。本磬は，多くの遺例の中でも鋳崩れがなく，使用による摩滅も少なく，撞座の蓮子や左右相対の孔雀文の羽毛の細部まで表出され，しかも表裏両面に陽鋳されていることは貴重である。
銘文は，磬の左右の縁ぎわに「新山寺常住也」「願主金資宥金」更に一面に「永享四壬子霜月日」の刻り銘がある。"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64348.html	""
142	342076	142	広島県	福山市	銅鐘	どうしょう	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	鞆町　福禅寺	""	""	""	""	""	""	1	口	""	""	34327	""			""	""	""	""	""	陰刻銘より，憲意上人が願主となり，元禄5年（1692年）に洛陽（京都）三条釜座の藤原國次によって鋳造されたことなどがわかる。江戸時代において，元禄期における鋳造技術はも優れているといわれており，本品もその優れた技法がうかがわれる。	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64113.html	""
143	342076	143	広島県	福山市	明圓寺銅鐘	みょうえんじどうしょう	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	鞆町　明圓寺	""	""	""	""	""	""	1	口	""	""	44309	""			""	""	""	""	""	"この銅鐘は，龍頭（りゅうず）が２頭で，鐘身に袈裟襷（けさだすき）文様を施すなどの和鐘の特徴と，龍頭の横に旗挿(はたさし）が付き，鐘身に蓮蕾形の乳，仏像や唐草文の装飾を施すなど朝鮮鐘の要素を合わせもつ和朝折衷様の鐘である。
　旗挿付きの銅鐘は，市内では福山市重要文化財に指定されている沼隈町光照寺の銅鐘（慶長18年（1613年）9月17日）とこの銅鐘の２例のみである。
　陰刻された銘文により制作年・鋳物師名が明らかであり，朝鮮鐘の形式を取り入れて作られた和朝折衷様の鐘として貴重な銅鐘である。また，銘文には鞆奉行であった荻野新右衛門が寄進したと記されており，福山藩との結びつきが強かったことが伺える。"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/229214.html	""
144	342076	144	広島県	福山市	空穂（鞣）	うつぼ（なめしがわ）	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	沼隈町　個人蔵	""	""	""	""	""	""	1	腰	""	""	38594	""			""	""	""	""	""	"空穂は矢を湿気や乾燥から守るために，矢に穂と呼ぶ竹網代の筒をかぶせたものである。矢の取出し口を竈，穂とのつなぎ目を筒間竈の蓋を間塞という。この空穂は骨組みを竹と藤で製作し，外側を1枚の鞣革で包んでいる。穂と間塞は欠失しているが，筒間には5.0cm幅の車革（皮製の帯）が残っている。前記の空穂（熊毛皮）とは，竈の開口部の形が異なるが，これも『福山志料』に挿図入りで紹介されている。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64242.html	""
145	342076	145	広島県	福山市	葛原勾当日記	くずはらこうとうにっき	""	""	県指定重要文化財	その他	神辺町　菅茶山記念館	""	""	""	""	""	""	3	帖	""	""	19996	""			""	""	""	""	""	"葛原勾当は，名を重美といい，文化9年（1812年）神辺町八尋の庄屋矢田家に生まれた。3歳のときほうそうにかかって失明したが，9歳で京に上って松野検校の門に入り，生田流の筝曲と地歌を学んだ。15歳で帰郷して備後・備中両国を中心に広く教授に当たり，関西における名手として聞こえた。
勾当日記は，彼が26歳の時から，明治15年（1882年）71歳で病没するまで，一生を通じて自ら案出した木活字を使って記したものである。活字はひらがな・数字・句点からなり，線を刻み触感で判別できるよう，また行は定木で正すように考案されており，今日のタイプライターの原理に通じるものがある。その記載は簡潔素朴，音の世界のことを詠んだ歌が260首も収められており，勾当の感受性の鋭さがうかがわれる。童謡作家葛原しげる（福山市名誉市民）は勾当の孫。筝曲の大家宮城道雄は，勾当の話を聞いて影響を受けたという。  
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64254.html	""
146	342076	146	広島県	福山市	西備名区	せいびめいく	""	""	県指定重要文化財	その他	丸之内　福山城博物館	""	""	""	""	""	""	123	冊	""	""	24240	""			""	""	""	""	""	"江戸時代末期に編纂された備後福山藩内および備後国全域にわたる地誌で，稿本90巻34冊（完備），清書本89巻89冊（初巻欠，第27巻補充本）である。　
駅家町向永谷の庄屋馬屋原重帯【しげよ】が著したもので，文化元年（1804年）に一応の編纂をおえているが，その後も改訂増補が行われている。
備後の国号や郡名の由来に始まって，歴代備後を治めた人々の事跡，さらに郡別に各町村の租高，産土神，寺院，城跡，古墳墓，伝説まで詳細に書かれており，福山志料などその後の郷土史書地誌類の底本になったものである。なお，現在も郷土史研究の原典として活用されている。  　  
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64366.html	""
147	342076	147	広島県	福山市	菅波信道一代記	すがなみしんどういちだいき	""	""	県指定重要文化財	その他	広島県立歴史博物館	""	""	""	""	""	""	75	冊	""	""	37301	""			""	""	""	""	""	"神辺本陣の主人であった菅波信道（1792～1868年）が残した『菅波信道一代記』は目録・巻之序・前編三十三巻・後編４巻からなる自叙伝で，挿図は326点に及び，神辺宿周辺の風俗や日常生活の様子，安政の大地震やペリー来航などについても記録している。    
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64255.html	""
148	342076	148	広島県	福山市	深安郡山野村役場文書	ふかやすぐんやまのむらやくばもんじょ	""	""	県指定重要文化財	その他	広島市中区　広島県立文書館	""	""	""	""	""	""	8071	点	""	""	41298	""			""	""	""	""	""	"山野村（現在の福山市山野町）が近代の自治体として存続した期間に，山野村で作成及び収受された行政文書を中心とする文書群。役場の各担当が作成した簿冊，国の法令，県・郡の布達類からなり，その前後にあたる近世の庄屋文書及び加茂町山野支所の行政文書なども含む。
明治維新及び第二次世界大戦という二つの大きな社会変革期を含む自治体文書がまとまって伝来している例は，全国的に見ても極めて希少である。また，役場のすべての職掌で作成された行政文書が連続して伝来しているため，役場の行政事務の変遷，村の現状と課題，国や県とのやり取り，村民の生活など，村と村民の具体像についてどの時期を取っても多面的に明らかにできるとともに，一つの村を対象に，それらの変遷を解明できるといった学術資料として高い価値を有する。さらに，大正期という早い時期から行なわれた地元の方々による文書保存活動は，地域住民による資料保存活動の先駆けであり，貴重な例として顕彰することができる。"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64072.html	""
149	342076	149	広島県	福山市	中村家文書	なかむらけもんじょ	""	""	市指定重要文化財	その他	鞆町　福山市鞆の浦歴史民俗資料館	""	""	""	""	""	""	39	冊	""	""	22736	""			""	""	""	""	""	"鞆の西町（現福山市鞆町）にあって，保命酒を醸造し，江戸時代の豪商であった「中村家」の記録で，正保3年（1646年）から慶応2年（1866年）まで詳細に書き続けられた32冊の日記と7冊の記録類である。江戸時代に黄金期を迎えた鞆の津の豪商の歴代当主が書き継いた日記，記録だけに，当時の藩政の状況，商家をはじめ一般の生活状況，或いは多くの要人の来往など，当時の政治・経済・社会の諸情勢をうかがい知る貴重な史料としてよくまとまったものである。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64112.html	""
150	342076	150	広島県	福山市	常国寺文書	じょうこくじもんじょ	""	""	市指定重要文化財	その他	熊野町　常国寺	""	""	""	""	""	""	1	式	""	""	23467	""			""	""	""	""	""	"常国寺は文明年間（1469～1486年）日蓮宗に帰依した一乗山城主渡辺越中守兼が日親上人を開基として山田荘（現熊野町）に建立した寺である。また天正四年（1576年）に将軍足利義昭が鞆に流寓した際は，渡辺四郎左衛門景が警固と接待役を務め，当寺にも滞在したと伝えられる。
真木島玄蕃守書状は，将軍義昭の重臣真木島玄蕃守昭光が常国寺の釣鐘のことについて毛利家臣栗屋雅楽丞宛に出した書状である。
足利義昭御内書は，将軍義昭が渡辺民部少輔元に対し当時格式の高い大名のみに許した白傘袋・毛氈の鞍覆の免許を与えた文書である。
日親筆天台大師円頓章は日親自筆で，天台大師とは最澄のこと，円頓とは円満成仏の法の意で法華の妙法のことである。
これらはいずれも常国寺及び備後の歴史を物語る貴重な史料である。 
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64361.html	""
151	342076	151	広島県	福山市	横山家文書	よこやまけもんじょ	""	""	市指定重要文化財	その他	丸之内　福山城博物館	""	""	""	""	084-922-2117	""	1	巻	""	""	23467	""			""	""	""	""	""	"中世末期，津之郷町小森にあって当地方の有力武士の一人であった横山備中守関係の書状で17通を1巻に仕立てている。
戦国末期から桃山時代にかけて，神辺城主杉原氏や毛利家との関係を示すもので，当時の備南地方の形勢を推測するうえできわめて貴重な史料である。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64363.html	""
152	342076	152	広島県	福山市	元禄検地帳等関係資料	げんろくけんちちょうとうかんけいしりょう	""	""	市指定重要文化財	その他	沼隈町常石　ぬまくま交流館	""	""	""	""	""	""	10	冊	""	""	25842	""			""	""	""	""	""	"後国沼隈郡上山南村，能登原村，外常石村に関する元禄13年（1700年）の検地帳と上山南村，草深村の小前帳および縄帳である。元禄13年の検地帳は，幕府の検地条目に基づいて実施された検地で作成され，以後明治初年（1868年）まで年貢徴収台帳として使用されたものである。

　1　後国沼隈郡上山南村御検地水帳　二冊之内壱番帳
　2　備後国沼隈郡上山南村御検地水帳　二冊之内弐番帳
　3　備後国沼隈郡能登原村御検地水帳　弐冊之内壱番帳
　4　備後国沼隈郡能登原村御検地水帳　弐冊之内弐番帳
　5　備後国沼隈郡外常石村御検地水帳
　6　備後国沼隈上山南村山藪年貢小前帳　元禄13年
　7　備後国福山領沼隈郡上山南村新田畑縄帳　享保2年
　8　備後国福山領沼隈郡草深村新屋敷縄帳　寛政6年
　9　備後国福山領沼隈郡草深村新田畑縄帳　享保16年
　10 備後国福山領沼隈郡草深村新畑縄帳　享保2年

"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64243.html	""
153	342076	153	広島県	福山市	本庄家文書	ほんじょうけもんじょ	""	""	市指定重要文化財	その他	松永町　承天寺	""	""	""	""	""	""	16	点	""	""	25658	""			""	""	""	""	""	"この古文書は，江戸初期数々の塩田開発を行ない，松永を開拓した本庄重政に関する古文書の中の主なものである。寛永15年（1638年）から享保6年（1721年）までの間に書かれた文書16点で，本庄重政が備前池田藩に差出した先祖書の下書き，島原の陣での戦功を第三者から証明をうけた証拠状，福山二代藩主水野勝俊に召出され福山に至る迄の任官先備前池田藩，播州赤穂藩大石氏から発せられた重政の進退や各種事件に関する文書，重政の嫡子重尚（随幻）や本庄一族の略歴，菩提寺承天寺開創の由来などについて書き留めた覚書などである。
本庄家の由来，松永の成立，承天寺の由緒及び彼の人柄，思想などを知るうえで重要なものである。"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64364.html	""
154	342076	154	広島県	福山市	紺紙金字大般若波羅密多経	こんしきんじだいはんにゃはらみったきょう	""	""	市指定重要文化財	その他	草戸町　明王院	""	""	""	""	""	""	2	巻	""	""	27102	""			""	""	""	""	""	"巻第三百八十六は14紙を継ぐ巻子本。1紙の長さ55.3センチ，紙高25.1センチ，罫高18.8センチ，罫巾1.8センチ。巻子は棒の継ぎ軸で軸端は金銅撥型，宝相華文を表している。
巻第四百八十七は16紙を継いだ巻子本。1紙の長さ55.6センチ，紙高25.2センチ，罫高18.8センチ，罫巾1.7センチ。巻子は棒の継ぎ軸で軸端は金銀撥型，宝相華文を表している。
両巻とも表紙は宝相唐草文，見返しに釈迦三尊説法図を描いている。銀罫を引き，金字の楷書で1行17字づめ。平安時代の作。"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64358.html	""
155	342076	155	広島県	福山市	小場家文書	こばけもんじょ	""	""	市指定重要文化財	その他	丸之内　福山城博物館	""	""	""	""	084-922-2117	""	172	点	""	""	28221	""			""	""	""	""	""	"福山藩主水野氏に代々仕え総奉行家老等重要な地位にあった小場家の文書である。
水野氏歴代藩主ほかの書状や古記録の類で福山藩草創期の水野家及び当時の政治・社会・経済等諸情勢を知るうえで極めて貴重な史料である。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64359.html	""
156	342076	156	広島県	福山市	土屋家文書	つちやけもんじょ	""	""	市指定重要文化財	その他	蔵王町　個人蔵	""	""	""	""	""	""	48	冊	""	""	29154	""			""	""	""	""	""	"旧深安郡市村（現蔵王町）の豪農で庄屋を務めた山端土屋家が，文化元年（1804年）から明治14年（1881年）までの3代にわたって書き継いだ日記を中心とする文章である。
41冊の日記のほかは，役用日記2冊，萬祝儀愁入用日記覚帳1冊（土屋家の冠婚葬祭，法事，新築，火事見舞などの記録），萬永代覚日記1冊（訴訟出入），歳出入の記録2冊，萬雑記1冊（田畑買入記録）などがあり，これらの記録は日記の内容を補足する資料である。
この文章は当時の地主豪農の生活様式及び，農業経営の実態をはじめ，政治，経済，文化から気候まで具体的に知ることができる貴重な史料である。  
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64362.html	""
157	342076	157	広島県	福山市	寺岡家文書	てらおかけもんじょ	""	""	市指定重要文化財	その他	沼隈町　個人蔵	""	""	""	""	""	""	354	点	""	""	29869	""			""	""	""	""	""	"江戸時代から明治時代にかけて村役人を務めた寺岡家に伝わる文書で，元禄13年（1700年）から明治42年（1909年）に至る文書である。名寄帳・年貢米銀納目録・萬日記覚帳・塩浜記録など，主として幕末・明治期の旧能登原村を中心とする地域の村政・年貢・土地などに関係する歴史資料として貴重な記録である。  
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64244.html	""
158	342076	158	広島県	福山市	岡本家文書	おかもとけもんじょ	""	""	市指定重要文化財	その他	木之庄町　個人蔵	""	""	""	""	""	""	677	点	""	""	30021	""			""	""	""	""	""	"江戸時代初期，木之庄村の大庄屋に任命され，その後文政年間に至るまで，代々村役人として村政全般に関与した岡本家に伝わる文書である。
この文書・記録は近世初期，福山藩成立時点から，木之庄村の農民が特に「御譜代百姓」として格付され，政治・経済・祭祀などあらゆる面で城下町の影響を受けていく歴史的過程や村の存在形態及び農民の生活などを知るうえで貴重なものである。
また，この文書・記録には木之庄村の新涯造成にともない各地より農民が入植，農業神として八幡社を勧請し形成した宮座に関するものが多く含まれており，近世初期の宮座の成立過程とその変遷，宮座と村政の関わりを知るうえで数少ない貴重な史料である。
文書の内訳は次の通り。
　・支配・土地・租税・検地帳に関するもの 237点
　・福山町政・村政に関するもの 155点
　・社寺・宮座に関するもの 195点
　・その他 90点 
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64360.html	""
159	342076	159	広島県	福山市	竹尋行政文書	たけひろぎょうせいもんじょ	""	""	市指定重要文化財	その他	神辺町　菅茶山記念館	""	""	""	""	084-963-2361	""	4234	点	""	""	30877	""			""	""	""	""	""	"竹尋行政文書は，明治3年（1870年）から昭和38年（1963年）まで90余年間のもので，書冊を中心とする4234点に及び，その内容は，議会，法規，選挙，庶務，人事，土地，戸口，統計，産業，土木，建築，保健，衛生，民生，教育，文化，宗教，社会運動，災害，事故，司法，警察，兵事，軍事，配給，税務，会計，町村分合など，行政で扱う全分野にわたり，竹尋村を通して明治・大正・昭和の歴史を具体的に考察することができる貴重な資料である。
竹尋村は，江戸時代の上竹田村・下竹田村・八尋村の三か村が明治22年（1889年）市町村制施行の時，下竹田村を中心として組合村を結成したことに源流を見るが，竹尋村が成立したのは，三か村が合併した昭和16年（1941年）である。同29年（1954年）竹尋村は，神辺町，道上村，湯田村，中条村，御野村と合併し，竹尋支所が設置され，竹尋村役場所蔵文書は，そこに引き継がれた。同34年（1959年）竹尋支所が廃止されたのち，広島県史編纂事業のため，広島県立図書館に寄託されていたが，近代現代資料編Ｉ・II・IIIが完成したので同56年（1981年）神辺町に返還され，神辺町立歴史民俗資料館（現福山市神辺歴史民俗資料館）で保管されていた。平成4年（1992年）菅茶山記念館の開館に伴い，同館に移され現在に至っている。 "	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64256.html	""
160	342076	160	広島県	福山市	野々口立圃文書	ののぐちりゅうほもんじょ	""	""	市指定重要文化財	その他	草戸町 明王院　他5か所	""	""	""	""	""	""	10	件	""	""	34572	""			""	""	""	""	""	"文禄4年（1595年）京に生まれた野々口立圃は，温雅でユーモアのある文筆家として広く知られている。福山藩主の招きにより，慶安4年（1651年）から，寛文2年（1662年）まで福山に滞在し，藩士や町人衆に弟子や同好者を得て，福山における文学の普及に大きな功績を残した。
指定物件は，立圃が福山藩滞在中に水野時代の風物・人物・歴史等の描写を巧みな筆致で表現したものである。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64367.html	""
161	342076	161	広島県	福山市	山本瀧之助関係資料	やまもとたきのすけかんけいしりょう	""	""	市指定重要文化財	その他	ぬまくま交流館	""	""	""	""	084-987-5630（沼隈図書館）　	""	69	点	""	""	36027	""			""	""	""	""	""	"山本瀧之助（1873～1931年）は沼隈郡千年村草深（福山市沼隈町草深）に生まれた。郷土沼隈を拠点にその生涯を青年教育に捧げた社会教育家であり，青年団活動の創始者の一人として，明治から昭和にかけて活躍した。それは進学のできない地方の在村青年の実情と青年の意識を世に訴えた。彼の熱心な運動は中央政府も動かし，地方改良運動のなかに青年団対策を位置付けることができた。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64245.html	""
162	342076	162	広島県	福山市	備陽六郡志	びようろくぐんし	""	""	市指定重要文化財	その他	城見町　（財）義倉	""	""	""	""	""	""	44	冊	""	""	36791	""			""	""	""	""	""	"福山藩士宮原直?【ゆき】（1702～1776年）が元文末年（1740年頃）より30余年に亘り記した自筆稿本で，縦23cm，横16cmの冊子本44冊からなる郷土史の貴重な史料である。後の『西備名区』（県重文）や『福山志料』の編纂に大きな影響を与えた。
　内篇（14巻）・外篇（15巻）・後得録（5巻）・六郡志（3巻）・六郡外志（6巻）・附録（1巻）の計44巻からなる。
　「内篇」には，備後の支配沿革・大内氏以来の領主系譜・水野時代の郷村高帳・元禄12年検地の郷村高辻・宝永の各村差出帳の抄録・神社・仏閣・除地・貢租などについて記す。
　「外篇」には，福山城内・士家・郡村別神社・寺・堂庵・辻堂・古城・古蹟・古文書・古記録・金石文・伝承・風境・怪石・奇木・仏像・神影・器物・絵図（彩色）などについて記す。
　「後得録」には，六郡と鞆の特記事項などについて記す。
　「六郡志」には，福山城下寺院・所々奉納の資料などについて記す。
　「六郡外志」には，市井并水野時代士家寺社・鞆浦・百姓心得・高を知る狂歌・領分外村名・古城・芸州広島領備後安芸石高などについて記す。
　「附録」には，分郡・鞆・箕島などについて記す。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64368.html	""
163	342076	163	広島県	福山市	田島村・横島村近世文書	たしまむら・よこしまむらきんせいもんじょ	""	""	市指定重要文化財	その他	内海町　うつみ市民交流センター	""	""	""	""	""	""	18	点	""	""	37893	""			""	""	""	""	""	"この文書類は，幕府直轄領および松平・阿部時代の島嶼部の様子をまとまって記録した唯一の史料で，福山藩の地方支配組織及び村落構造を明らかにする上で貴重なものである。
検地帳・名寄帳・差出帳などがある。    
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64202.html	""
164	342076	164	広島県	福山市	頭弁帖	とうのべんじょう	""	""	重要美術品	美術工芸品	ふくやま書道美術館	""	""	""	""	""	""		""	""	""	14881	""			""	""	""	""	""	"藤原佐理の最晩年の書。
書き出しに「佐理、謹んで言す。頭弁昨日参閣の由…」とあるため「頭弁帖」と呼ばれている。
彼が何事かを天皇に奏上したところ，天皇の筆頭秘書官にあたる頭弁によって留め置かれたままになっていることへの嘆きや訝しく思う心情がつづられている。
冒頭では落ち着きがみられる筆致が，次第に自由に，そして最後には奔放に書き流されている。直筆で書かれた線には丸味があり温雅であるが，内に秘めた力強さが伝わってくる。佐理老筆の円熟の書である。"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64196.html	""
165	342076	165	広島県	福山市	紙本墨書後水尾天皇宸翰	しほんぼくしょごみずのおてんのうしんかん	""	""	重要美術品	美術工芸品	西町　個人蔵	""	""	""	""	""	""	1	幅	""	""	15075	""			""	""	""	""	""	"江戸時代，第108代の天皇である後水尾天皇（1598-1680年）の宸翰。
天皇がみずから書いた文書を敬って宸翰・宸筆という。公的な文書では天皇が直接筆をとることはないので，私的な内容に限られる。
「宸」という字は，天皇の住むところを表すことから，天皇に関する事柄にそえて使われる。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64365.html	""
166	342076	166	広島県	福山市	広島県草戸千軒町遺跡出土品	ひろしまけんくさどせんげんちょういせきしゅつどひん	""	""	国指定重要文化財	美術工芸品	西町　広島県立歴史博物館	""	""	""	""	""	""	2930	点	""	""	38146	""			""	""	""	""	""	"芦田川下流の河川敷に広がる中世の港湾都市跡からの出土品。土師質土器等の日常雑器から中国・朝鮮産を含む各種の陶磁器，下駄や羽子板・付札等の木簡や呪符・漆器等の木製品，刀装具や手斧・銅鏡等の金属製品，笄・根付け等の骨格製品で構成される。これらは，当寺の庶民生活を復元する上で，衣食住の全体に関わる貴重な内容を持っている。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64369.html	""
167	342076	167	広島県	福山市	廃和光寺塔跡出土遺物	はいわこうじとうあとしゅつどいぶつ	""	""	県指定重要文化財	美術工芸品	津之郷町　田辺寺	""	""	""	""	""	""	1	括	""	""	19996	""			""	""	""	""	""	"和光寺は，福山市津之郷町字大満寺に所在した奈良時代後期～平安時代初期の古代寺院跡である。現在その跡地の一角に田辺寺が存在する。
昭和9・10年（1934・35年）に調査した際，塔の風鐸【ふうたく】，九輪【くりん】の破片が数点出土した。中心礎石は元の位置から移動していた。また，地方色の濃い唐草文軒丸瓦1種類と扁行唐草文軒平瓦2種類も出土している。これらのうち指定されているのは，風鐸片3点，九輪片3点，中心礎石1個である。
風鐸は堂塔の隅木の端や相輪に吊るして風を受けて音を発するもので，青銅製である。身の断面は扁円形と菱形の両方があり，復元推定長は20cmである。
九輪は，塔の屋頂につける相輪【そうりん】の1つでその中心的な部分である。指定の九輪片は3点であるが，同一の輪ではなく，復元推定の直径は約80cmである。
中心礎石は，花崗岩の自然石で現在田辺寺境内に置かれている。石の寸法は，縦115cm，横87cmで上面中央に直径38cm，深さ22cmの舎利孔がうがたれており，この穴の両側に深さ3cmの溝が彫られている。
なお田辺寺前面の水田は，県史跡田辺寺塔跡として指定されている。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64371.html	""
168	342076	168	広島県	福山市	伝潮崎山古墳出土　三角縁五神四獣鏡	でんしおざきやまこふんしゅつど　さんかくぶちごしんしじゅうきょう	""	""	県指定重要文化財	美術工芸品	個人蔵	""	""	""	""	""	""	1	面	""	""	29896	""			""	""	""	""	""	"この鏡は，江戸時代後期に古墳の主体部から出土したものと考えられる。江戸時代後期の地誌『西備名区』にはこの鏡の出土した時の様子が次のように記されている。「文政10年（1827年）の春，潮崎神社を建て替えるための地ならしをしている時，長さ約五尺，横三尺ほどの自然石が現われ，これを裏返してみれば，その下に石灰を詰めた石室があり，その中にある石の上に八，九寸の丸い鏡があった…」。この鏡は，鳥取県の国分寺古墳出土鏡と同型であることが知られている。神獣などの鋳出は非常に良いものである。潮崎山古墳は４世紀代の築造と考えられる。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64212.html	""
169	342076	169	広島県	福山市	伝潮崎山古墳出土　短冊形鉄斧	たんざくがたてっぷでんしおざきやまこふんしゅつど	""	""	県指定重要文化財	美術工芸品	個人蔵	""	""	""	""	""	""	1	口	""	""	30005	""			""	""	""	""	""	"三角縁五神四獣鏡と同時に出土したもので，頭部から刃部に向けて薄くなり，刃部は一部欠損している。全体的には，扁平な板状を呈し，かなり錆びているが，残存状態は良好である。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64213.html	""
170	342076	170	広島県	福山市	迫山第1号古墳出土品	さこやまだいいちごうこふんしゅつどひん	""	""	県指定重要文化財	美術工芸品	神辺町　神辺歴史民俗資料館	""	""	""	""	084-963-2361　	""		""	""	""	31866	""			""	""	""	""	""	迫山第１号古墳は，片袖式の横穴式石室を埋葬施設に持つ，直径21.5ｍ，高さ5ｍの円墳である。石室の開口時期は早く，平安時代末頃に撹乱を受けているが，昭和58年（1983年）に行われた発掘調査の際に，内部から単鳳環頭太刀，刀，鉄鏃，馬具と思われる絞金具，勾玉，管玉，切子玉，棗玉，ガラス小玉，土製練玉，金銅製耳環，須恵器，土師器などの遺物が豊富に出土した。	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64257.html	""
171	342076	171	広島県	福山市	田上第二号古墳出土遺物	たがみだいにごうこふんしゅつどいぶつ	""	""	県指定重要文化財	美術工芸品	西町　広島県立歴史博物館	""	""	""	""	""	""	1	式	""	""	36059	""			""	""	""	""	""	"これらの遺物は，福山市芦田町柞磨の小丘陵上に作られた横穴式石室を内部主体とする田上【たがみ】第二号古墳の横穴式石室内から出土したものである。この中でも，代表すべき遺物は，脚付装飾壷である。
この脚付装飾壷は，円形や長方形の透かしを持つ長脚台部の上に装飾付きの広口壷を乗せたものである。装飾は壷の肩部にある貼付凸帯とその上にある4個の小壷そして，その間にある人物や動物（犬か）の小像からなっている。人物像は性器を露呈した男女が向き合っている点が特異であり，死者の再生か子孫の繁栄などの願いを表現したものとも考えられる。
大きさ（器高43.3cm），小像の表現，装飾等広島県では前例がなく，非常に貴重なもので，6世紀後半の製作と考えられる。なお，本古墳の石室は近くへ移設保存されている。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64108.html	""
172	342076	172	広島県	福山市	平形銅剣	ひらがたどうけん	""	""	県指定重要文化財	美術工芸品	草戸町　個人蔵	""	""	""	""	""	""	1	口	""	""	21093	""			""	""	""	""	""	"この平形銅剣は，昭和6・7年（1931・32年）頃福山市熊野町熊ヶ峰山麓の熊野神社境内裏山から2本発見された1本である。もう1本の銅剣は，折損しており現在所在不明となっている。本銅剣は，身幅が広く棘【とげ】状突起を有し，鋒【きっさき】部は丸味を帯び鋭利さは失っている。また，背は幅が狭く断面は楕円形を呈しており，鎬【しのぎ】の稜線は明確でない。背の両側には樋がとおり，中には細かい突線が縦に1本鋳出されている。茎【なかご】は小さく，身部下位には刳方はなく背を隔てて，横方向に1本と縦方向に数本の突線が鋳出されている。
弥生時代後期頃に祭器，儀器として用いられたと推測されるもので，これまで沼隈町日枝神社所在の平形銅剣と同范（どうはん）の可能性が指摘されていたが、近年の研究でこの２口は異なる范で鋳造されたものと考えられている。

※同范（どうはん）…同じ鋳型を使って、複数の製品を鋳造すること。

"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64372.html	""
173	342076	173	広島県	福山市	平形銅剣	ひらがたどうけん	""	""	県指定重要文化財	美術工芸品	沼隈町　日枝神社	""	""	""	""	""	""	1	口	""	""	21093	""			""	""	""	""	""	"この銅剣は，日枝神社の神宝として伝世したもので，宮司新良貴家の系図に書かれた記録によると，神社の東方100m余のところにある石兜の窟から出土したとされている。石兜の窟は巨大な立石であり，古代の祭祀遺跡と関係するものと考えられる。なお，この銅剣は，福山市熊野町熊野神社境内から出土した銅剣と同范の可能性があることが指摘されていたが，近年の研究でこの２口は異なる范で鋳造されたものと考えられている。

※同范（どうはん）…同じ鋳型を使って、複数の製品を鋳造すること
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64246.html	""
174	342076	174	広島県	福山市	内水越箱式石棺出土遺物	うちみずこしはこしきせっかんしゅつどいぶつ	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	丸之内　福山城博物館	""	""	""	""	084-922-2117	""	1	括	""	""	21280	""			""	""	""	""	""	"内水越古墳群は，福山市津之郷町加屋の標高80m前後の南北にのびる丘陵から更に東へ派生する小丘陵の尾根部に所在している。4基の箱式石棺と1基の横穴式石室墳及び内部主体不明の円墳1基から構成されている。
このうち，1号墳は封土が流失し墳形は不明だが，箱式石棺を内部主体とした5世紀前半の古墳と考えられ，武器と農工具などの鉄器を出土している。これら遺物のうち次の13点が市重要文化財に指定されている。
　鉄鏃【てつぞく】4本　鉄鎌3本
　鉄斧【てっぷ】2本　　刀子【とうす】2本
　やりがんな2本
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64103.html	""
175	342076	175	広島県	福山市	墓石群	ぼせきぐん	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	草戸町　明王院	""	""	""	""	""	""		""	""	""	22006	""			""	""	""	""	""	"草戸千軒町遺跡は，芦田川の中洲一帯に所在した中世民衆の集落遺跡で，常福寺（現在の明王院）の門前に栄えた港町であることが発掘調査等近年の研究で解明された。
この墓石群は，昭和5年（1930年）芦田川改修工事中に発見されたものであり，法音寺橋近くから出土した。
出土した墓石群は，現在明王院境内に安置されており，出土時には各々バラバラになっていたので具体的に何基分の墓石が所在したか不明であるが，墓石の形態や時代等から推定すると，宝塔5基分，板碑1基，宝篋印塔3基分，五輪塔61基分を数える。石材は，大半が花崗岩であるが，五輪塔の中には俗にコゴメ石と呼ばれる結晶質石灰岩製のものもある。五輪塔は一般に小型のもので高さ0.6～1mが多い。宝篋印塔は笠石の隅飾突起が直立する古式のものも認められる。板碑は，西日本に多く見られる小型の一石五輪塔型であり，表面に梵字と南無阿弥陀仏の文字を陰刻する。高さ165cm，幅30cm，厚さ15cmである。
これら墓石群は，鎌倉時代から室町時代にかけてのものと考察される。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64127.html	""
176	342076	176	広島県	福山市	貨泉	かせん	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	丸之内　福山城博物館	""	""	""	""	""	""	1	枚	""	""	22006	""			""	""	""	""	""	"貨泉は，中国新の王莽が天鳳1年（西暦14年）に鋳造した貨幣で，中央に方孔があり右側に「貨」，左側に「泉」の2字を鋳出している。日本へは朝鮮半島を経て伝わったものと考えられ，中国文化の東方波及を示すと共に，弥生時代中～後期の年代を明確に示す好資料となっている。
この貨泉は，昭和17年（1942年）に津之郷小学校校門脇に防火用池を造成中，地表下1.3～1.4メートルの弥生式土器を含む土層から出土した。直径2.3センチ，方孔は一辺7.5ミリで右側の「貨」の字は鮮明でない。裏面は無文である。
津之郷は，古来より奈良津・深津・吉津などとともに奥深く湾入した良津として栄えたことも考えられ，こうした地理的背景の上に大陸との文化交流を物語る遺物が出土したことは重要である。
出土地は「本谷弥生遺跡」として福山市史跡に指定されている。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64376.html	""
177	342076	177	広島県	福山市	太田古墳出土品	おおたこふんしゅつどひん	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	赤坂町　個人蔵	""	""	""	""	""	""	1	括	""	""	22006	""			""	""	""	""	""	"太田古墳は，福山市赤坂町早戸に所在し，南西から北東にのびる丘陵の尾根先端部に位置する。かつて，ここに藺草の共同干場を造成する際に偶然発見された。5世紀前半の前期古墳で（径10m程の円墳）内部主体は，箱式石棺であったらしい。主体部からは，人骨をはじめ鏡，玉，刀剣等の遺物が出土しており，指定出土品は次の4件11点である。
ぼう製内行花文鏡　1面　青銅製で径9.5cm，厚さ0.1～0.2cm。6孤の内行花文をもち中央に径1.7cmの円座紐を有する。花文内には，紐にそって二重の小さな珠文帯がめぐり，花弁端の内側に同様な珠文が5～7個つく。縁は素文で，内区との間に鋸歯文帯を鋳出する。
　管玉　7個　碧玉製で，径0.6～0.8cm，長さ2.1～3.3cmの太目のものである。この外に指定外だが，径0.4cm前後，長さ1.5～2.7cmの細目が14個あり，共に淡緑色を呈する。
　勾玉　1個　碧玉製で，長さ2.9cm。頭部の片側に，幅0.1cmの1条の刻線が彫られている。
　棗玉　2個　2個とも碧玉製で深緑色を呈する。長さ0.9cmと1.1cm。正面が切子玉によく似ているが，表面はよく研摩され，カット面の稜線はみられない。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64129.html	""
178	342076	178	広島県	福山市	細形銅矛	ほそがたどうほこ	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	丸之内　福山城博物館	""	""	""	""	""	""	1	口	""	""	22006	""			""	""	""	""	""	"この細形銅矛は，昭和33年（1958年）福山市郷分町大迫の巨岩わき（現，採石場）より出土したものである。現存部分は鋒【きっさき】部より長さ20cmの箇所で折れており，折損部の身幅は3.7cmを測る。背は鎬【しのぎ】が付き，厚さ1.2cm，中は中空となっており，直径0.8cmを測る。表面は鋳上りが不良で，小さい気泡孔が観察される。また，発見時には気泡孔の中に朱が認められたらしく，朱彩されていたか，朱と共に埋納されていた可能性がある。
いずれにしても弥生時代の大陸との交流を物語る貴重な遺物である。
※類例の増加と研究の進展により，鎬部が中空になっているものは矛であることが確認されたため，平成22年（2010年）11月4日に「細形銅剣」から「細形銅矛」に名称変更された。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64128.html	""
179	342076	179	広島県	福山市	草戸千軒町遺跡出土遺物	くさどせんげんちょういせきしゅつどいぶつ	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	北本庄　個人蔵　8以外は福山城博物館	""	""	""	""	""	""	1	括	""	""	22006	""			""	""	""	""	""	"個人が長年採集された遺物で，その数は多量であるが，指定物件は次の8件である。
　　1.土師系大甕　　1口
　　2.須恵器大甕　　1口
　　3.備前窯系統大甕　　1口
　　4.常滑窯系統大甕　　1口
　　5.常滑窯系こね鉢　　1口
　　6.常滑窯系すり鉢　　1口
　　7.石鍋　　1口
　　8.中国陶磁器破片　　1口
　1は，口径61cm，高さ65cmで胴部に格子目のタタキと，上下部には刷毛目整形がみられる。
　2は，口径68cm，高さ78cmと大きく表面には刷毛目が，内側は同心円文のタタキが施されている。灰白色を呈する。
　3は，高さ90cm，胴部最大径90cmの大形品である。胎土は非常に堅緻で肩部及び胴部に自然の灰釉が付着している。
　4は，高さ85cm，胴部最大径84cmで，肩部が大きく張っている。
　5・6は，いずれも鎌倉時代のものである。すり鉢の目は，非常に荒い条線である。
　7の石鍋は滑石製である。
　8は，中国景徳鎮や龍泉窯系統の白磁・青磁などの破片である。 

"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64375.html	""
180	342076	180	広島県	福山市	草戸千軒町遺跡出土遺物	くさどせんげんちょういせきしゅつどいぶつ	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	西町　広島県立歴史博物館	""	""	""	""	""	""		""	""	""	22006	""			""	""	""	""	""	"　大正末期から昭和初期にかけての芦田川改修工事の際出土したもので，指定遺物は次の7件である。
　　1.陰刻渦文影青白磁壷　　1口
　　2.古瀬戸灰釉瓶子　　1口
　　3.古瀬戸三耳壷　　1口
　　4.古瀬戸おろし様皿　　1口
　　5.菊花双雀鏡　　1面
　　6.風子硯　　1面
　　7.中国陶磁器破片　　1箱

1は，中国景徳鎮窯の青白磁の壷で，完形品である。高さ25.6cm，胴径18cm，口径4.5cmで，体部に二重渦文と櫛目の平行沈線を施している。
2は，高さ29.5cm，胴径18cm，口径4cmで，肩から胴にかけて二条の沈線が3箇所に施され全面に灰釉が付着する。
3は，高さ28.7cm，胴径23cm，高台径9cmで肩部に耳が三箇所に着き，頸部と肩部の境付近に小穴が穿たれており，口縁の一部を欠損する。
4は，古瀬戸椿窯にみられる大根おろしに似た皿の破片であり，推定径16cm，深さ3cm程の平皿である。
5は，青銅製の和鏡で，径8.4cmで内区に菊花を散りばめ，上部に双鳥を配している。鈕は菊座で小型である。
6は，赤紫色の輝緑凝灰岩を使用し，平面台形を呈し，断面は縦，横ともに逆台形に加工されている。陸・海部とも角ばり，底面は平坦であるが，相当使用されたらしく，陸部中央が大きく窪んでいる。
7は，すべて破片で，景徳鎮窯系や龍泉窯系の白磁や青磁の壷・皿が多い。

"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64374.html	""
181	342076	181	広島県	福山市	荒神古墳副葬品	こうじんこふんふくそうひん	""	""	県指定重要文化財	美術工芸品	西町　広島県立歴史博物館	""	""	""	""	""	""	1	式	""	""	22282	""			""	""	""	""	""	"荒神古墳は，高田郡甲田町下小原にある恩地古墳群に属していた。墳形は円墳で，内部主体は横穴式石室であったと思われるが，明治43年（1910年）に発掘され，現在は全壊して規模は不明である。遺物の出土状況は明らかでないが，その一部が指定されたもので，いずれも古墳時代後期の特色をもつ資料である。これらのうち金銅装大刀は，圭頭【けいとう】の柄頭【つかがしら】であり県内から出土する例は稀である。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64373.html	""
182	342076	182	広島県	福山市	単鳳環頭柄頭	たんほうかんとうつかがしら	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	箕島町　個人蔵	""	""	""	""	""	""	1	口	""	""	23106	""			""	""	""	""	""	"福山市箕島町釜屋１号古墳（市史跡）からの出土品で，他に共伴遺物として玉・鉄刀・須恵器が出土したといわれるが，これらは現在所在が不明である。
この環頭柄頭は，鉄地の表面に金メッキを施し，一頭の鳳凰が口に玉をくわえ，胴体を環状にめぐらす文様構成で，保存状況も良く，極めて秀麗な造りである。横径6.3センチ，縦径4.9センチ，厚さ1.0センチ，茎部の長さ2.9センチ，幅2.0センチ，厚さ0.4センチで目釘穴はみられない。6世紀後半のものと考えられる。
※類例の増加と研究の進展により，図柄が鳳凰であることが確認されたため，平成22年（2010年）11月4日に「単龍環頭柄頭」から「単鳳環頭柄頭」に名称変更された。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64130.html	""
183	342076	183	広島県	福山市	洲浜松藤双雀鏡	すはままつふじそうじゃくきょう	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	沼隈町　個人蔵	""	""	""	""	""	""	1	面	""	""	25842	""			""	""	""	""	""	"この鏡が作られたと考えられる鎌倉時代中期のものは，平安時代のものに比べ径がわずかに大きくなり，重量も四倍近くなる。文様も写生的で構成が緻密である。文様の表出も，肉取りの高低による立体表現がとられている。当鏡もこの時代の特徴がよく認められる良品である。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64247.html	""
184	342076	184	広島県	福山市	姫谷焼窯跡等出土資料	ひめだにやきかまあととうしゅつどしりょう	""	""	市指定重要文化財	美術工芸品	新市町　福山市あしな文化財センター	""	""	""	""	""	""	1732	点	""	""	42482	""			""	""	""	""	""	"姫谷焼は九谷，伊万里とともに日本の初期色絵磁器の一つで，市右衛門によって開かれたと伝えられ，発掘調査では斜面を利用して築かれた窯跡２基が確認された。これらの窯は「姫谷焼窯跡」として県史跡に指定されている。江戸時代前期末から中期前半の短期間に操業されたと考えられており，白磁・染付・鉄絵などの磁器や陶器，窯道具などが出土している。窯の近くには陶工市右衛門の墓と伝えられる墓が祀られている。

　「姫谷焼窯跡等出土資料」1,732点は，2016（平成28）年４月22日に福山市重要文化財（考古資料）に指定された。これらの資料は，発掘調査や採集によるもので，学術的な検討が加えられ，姫谷焼は1650年代の肥前窯の技術を導入しながら，17世紀後半の限られた期間に製作されたと考えられるようになった。姫谷焼の製作工程をはじめ製作年代や時代背景を解明し，伝世する姫谷焼製品の実像に迫る基礎資料として重要である。

"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/108294.html	""
185	342076	185	広島県	福山市	銅製双鸞鏡	どうせいそうらんきょう	""	""	重要美術品	美術工芸品	津之郷町　個人蔵	""	""	""	""	""	""	1	面	""	""	13695	""			""	""	""	""	""	"この鏡は，津之郷町坂部の串山城跡山麓の井上氏宅横の竹薮を開墾中に出土したものである。鏡は，唐式鏡で背面の文様は，蔓草（唐草）に双鸞をあしらったもので，中央に小円座紐を置き，内区と外区の区別はなく，縁は蒲鉾縁である。材質は青銅製で直径17.1cmを測る。
一方鏡面には，上品上生の阿弥陀如来坐像を線彫りしている。この様式から推測すると，平安時代前期の作と思われ，もともと奈良時代の舶載唐式鏡の鏡面をこの頃二次的に加工したものと考えられる。懸仏として使用したと考えられるが，一般によく見られる懸垂孔はない。鏡背の左側は内側に歪んでおり，縁の一部は欠損している。
付近に，古代寺院の廃和光寺が所在していることなどから，この鏡との関連が注目される。 
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64370.html	""
186	342076	186	広島県	福山市	菅茶山関係資料	かんちゃざんかんけいしりょう	""	""	国指定重要文化財	その他	西町　広島県立歴史博物館	""	""	""	""	""	""	5369	点	""	""	41872	""			""	""	""	""	""	"菅茶山（1748～1827）は，教育者として備後国神辺に黄葉夕陽村舎（こうようせきようそんしゃ）（のちの廉塾）を開設して人材の育成に尽力するとともに，漢詩人として活躍した。その詩集『黄葉夕陽村舎詩』は同時代人に高く評価され，多くの学者・文人と交流があった。
本資料は，茶山が詠んだ漢詩集の草稿などの各種草稿類をはじめ，日記類，典籍類，書状類，茶山に贈られた書画・器物類などの一括資料である。
菅茶山の儒者，漢詩人としての思想・思索及びその形成過程を知ることのできる最も重要な資料であるとともに，茶山を中心とする近世の文人の交友を具体的に示す貴重な資料である。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64126.html	""
187	342076	187	広島県	福山市	福禅寺対潮楼朝鮮通信使関係史料	ふくぜんじたいちょうろうちょうせんつうしんしかんけいしりょう	""	""	市指定重要文化財	その他	"鞆町鞆　福禅寺
鞆町後地　福山市鞆の浦歴史民俗資料館
"	""	""	""	""	""	""	28	点	""	""	42088	""			""	""	""	""	""	福禅寺は，江戸時代を通じて朝鮮通信使の宿泊地として使用されたことから，通信使一行と日本の学者たちの交流の場となり，我が国の文化に多くの影響を与えた。通信使一行が詠んだ漢詩文は，木額や版木，絵画として伝えられ，当時の鞆の浦での文化交流の一端をよく物語っている。	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64125.html	""
188	342076	188	広島県	福山市	常石張子製作技術	つねいしはりこせいさくぎじゅつ	""	""	市指定無形文化財	工芸技術	沼隈町　個人	""	""	""	""	""	""		""	""	""	33193	""			""	""	""	""	""	張子を作る時，一般的には木型の表面に和紙を貼り付け，乾燥してから中の木型を取り出すが，常石張子の場合は，土人形の型（雌型）の内側に紙を貼りつけ，取り出したものを貼り合わせて成形する。この場合凸凹が少なく，それを彩色で補うことから，常石張子独特の素朴な雰囲気が生まれる。この製作技術を製作者が受け継いでいる。	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64250.html	""
189	342076	189	広島県	福山市	はきものコレクション	はきものコレクション	""	""	国指定重要有形民俗文化財	芸能	松永町　日本はきもの博物館	""	""	""	""	""	""	2266	点	""	""	31156	""			""	""	""	""	""	"このコレクションは，約30年間にわたり全国各地から収集したはきもの資料を，形態を主軸に用途を加味して分類し，関係の製作用具，交易用具等を加え，体系的にまとめたものである。はきものをめぐる衣生活の諸相と変遷推移及び人々と自然環境を考える上で重要な資料である。　内訳は，下駄類800点，草履類567点，草鞋267点，藁沓類213点，沓類145点，足袋類77点，その他197点である。
なお，この博物館のコーヒーハウスは，登録文化財（建造物）である。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64140.html	""
190	342076	190	広島県	福山市	田尻民俗資料	たじりみんぞくしりょう	""	""	県指定有形民俗文化財	芸能	田尻町　田尻民俗資料館	""	""	""	""	""	""	1022	点	""	""	27940	""			""	""	""	""	""	"田尻町は瀬戸内海に面し，かつては半農半漁の生活が営まれた地である。収集された用具はいずれもこの土地の人々の生活文化を示す資料である。
田尻の農家の経営規模は，きわめて零細であったため，米麦生産以外に藺草【いぐさ】・綿などを作り，その加工品製造を副業とし，また漁業を兼業または副業として営むことが多かった。
こうした生産・生業・生活を裏づける衣・食・住をはじめ，畳表生産・染織・養蚕関係・農耕関係・浅海漁業の特徴的な磯具・釣具および網具が体系的に集められ，これに祭祀・信仰用具を加えたもので，何れも内海沿岸の庶民生活史を物語る貴重な資料である。県指定物件は生産生業関係724点，衣・食・住関係243点，その他55点である。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64141.html	""
191	342076	191	広島県	福山市	山野民俗資料	やまのみんぞくしりょう	""	""	市指定有形民俗文化財	芸能	山野町　山野民俗資料館	""	""	""	""	""	""	564	点	""	""	29154	""			""	""	""	""	""	"山野町は吉備高原の縁部にあり，浸食作用によって形成された山間の小盆地である。
人々はここを流れる小田川沿いのわずかな平地を耕作し，米麦生産を中心に副業として養蚕，山樵を営み，きびしい自然環境の中で営々と生活してきた。こうした庶民の生活を物語る貴重な資料が保存されている。特に山樵・養蚕・川漁・運搬等の用具は地域的特色を示すもので，これらは当時の庶民生活の基盤的な生産・生活・文化を象徴する好資料である。これらのうち衣・食・住関係305点，生産・生業関係211点，その他48点が市の指定を受けている。
なお，これらの資料を収蔵する建物は，明治25年（1892年）に旧山野村役場として建設されたもので，明治期の役場跡として価値あるものである。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64142.html	""
192	342076	192	広島県	福山市	木造青面金剛立像及び三猿・二鶏・二童子・四鬼神像 12躯 	もくぞうしょうめんこんごうりゅうぞうおよびさんえん・にけい・にどうじ・しきしんぞう	""	""	市有形民俗文化財	芸能	鞆町　福禅寺	""	""	""	""	""	""		""	""	""	34327	""			""	""	""	""	""	庚申信仰の対象となる彫像が一括して伝存する点において極めて珍しく、当寺の歴史（明治時代まで境内に庚申堂が存在していたことは、古絵図により確認できる）やこの地域における信仰史を考える上でも貴重なものである。	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64090.html	""
193	342076	193	広島県	福山市	鞆ノ津の力石	とものつのちからいし	""	""	市指定有形民俗文化財	芸能	鞆町　沼名前神社，住吉神社	""	""	""	""	""	""	23	個	""	""	36791	""			""	""	""	""	""	"沼名前神社に20個，住吉神社に3個，奉納されている力石である。すべて花崗岩製で楕円状を呈し，重さは61貫（230kg）から32貫（118kg）とかなりの幅があり，重さ，奉納者名などを刻んでいる。製作年代のわかるものは5個あり，天保15年（1844年）から安政5年（1858年）までの年号が刻まれている。
鞆は海運の発展と共に多くの仲仕に労働の場を提供した。仲仕は船積荷物の陸揚げや積み込みなどに従事する労働者であり，重たい荷物を肩に担ぎ，足場板の揺れに調子を合わせて運んだ力自慢の人達であった。彼らは，祭礼の場などで力石を使ってその力と技を競い，差し上げた石には名前が刻まれ，神社に奉納された。鞆の津には「東濱・港濱・西濱」の仲仕組合があり，互いに競い合っていたことが知られる。   
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64143.html	""
194	342076	194	広島県	福山市	はねおどり	はねおどり	""	""	県指定無形民俗文化財	芸能	沼隈町　沼隈町はねおどり保存会	""	""	""	""	""	""		""	""	""	21853	""			""	""	""	""	""	"このはねおどりは「沼隈踊り」とも呼ばれている。この踊の原形は，農村行事の「虫送り」「雨乞い」に求められ，備後東南部地域の各所に同じようなものがある。水野勝成が領民の士気を鼓舞するため，大いに奨励したとも伝えられている。この踊は沼隈町一円の氏神の夏祭りに若連中により奉納されてきたものである。
神社への道中には「道行」「さんまいど」「せぐり打ち」「宮巡り」などの拍子に合わせて踊り，社前では鬼頭を中心に円陣を作り「はねおどり」「きょく打ち」などを踊る。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64248.html	""
195	342076	195	広島県	福山市	二上りおどり	にあがりおどり	""	""	県指定無形民俗文化財	芸能	旧城下一円　二上り保存会	""	""	""	""	""	""		""	""	""	22389	""			""	""	""	""	""	"この踊りは，盆踊りの一種と考えられ，江戸時代には旧盆の8月14日から3日間，三味線の「二上り」を基調に胡弓を配した地方【じかた】に合わせ頭に折笠・頬かむりをし，手に団扇を持ち，町家・武家の人々が共に思い思いの踊りで三々五々組を作って練り踊ったもので，唄がないのが特徴である。この踊りは，本来見せる踊りでなく，自ら踊って楽しむものであったため盛衰変遷が激しく，現在の四ツ竹は昭和3年（1928年）以降団扇に代えて使われ，かぶりものも鉢巻や手拭に変わり，地方に鉦・太鼓を加え，曲も急テンポとなっている。
踊りの起源は定かでないが「二上り」の音曲の流行期や踊りの単純さから見て，江戸中期ごろ江戸詰の福山藩士によって江戸から招来されたと考えられる。他の盆踊りが，おおむね継続音をもって構成されるのにくらべ，甚だ音楽的であり，武家的気品と庶民的哀調を巧みに交錯させた独特のリズムとなっている。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64131.html	""
196	342076	196	広島県	福山市	はねおどり	はねおどり	""	""	県指定無形民俗文化財	芸能	田尻町　田尻芸能保存会	""	""	""	""	""	""		""	""	""	26053	""			""	""	""	""	""	"この踊りは古くから旧沼隈郡一円と旧深安郡南部及び駅家町万能倉で踊られたもので，その原形は農村行事の「虫送り」「雨乞い」に求めることができる。江戸時代，水野勝成が福山城主となり，この踊りがすこぶる勇壮で活気に満ち，士気を鼓舞するとしてこれを奨励し，各村々に鉦鼓を給付，雨乞い，虫送り，祭りなどの諸行事で行なわせたと伝えられ，このころから盛んになった。江戸時代の踊りについては菅茶山の「御問状答書」や近世有名画家による「はねおどり図」に描かれている。
田尻のはねおどりは，服装・音曲・口上などが古形に近いものを伝えており，楽器に大胴【おおどう】（大太鼓）入鼓【いれこ】（小太鼓）・鉦を使用し，鬼面をつけ鬼棒を持つ鬼頭の指揮に合わせておどる。現在では八幡神社などの祭礼や盆の精霊祭りなどで踊られている。
演目は早打ち・道行き・せぐり・鬼の口上・宮巡り・はね歌おどり・中おどり・はねこみなど12種あるが，このうち「はね歌おどり」「中おどり」「はねこみ」は全員楽器を打ち鳴らしはね，舞いおどる豪快な踊りを展開する。
大地を足で踏みしめ，悪霊退散を願う人々の心が，素朴な踊りの中に秘められている。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64132.html	""
197	342076	197	広島県	福山市	ひんよう踊り	ひんようおどり	""	""	県指定無形民俗文化財	芸能	"本郷町　
本郷町無形民俗文化財保存会"	""	""	""	""	""	""		""	""	""	27940	""			""	""	""	""	""	"毎年，豊作と氏子の無病を祈願して，本郷八幡神社の祭礼に氏子が奉納しているもので，「ひんようさ－」とはやしながら花を戴いて踊るため，「ひんようおどり」とか「花踊り」ともいわれている。
その起源については定かでないが，中世に遡るともいわれ，旧沼隈郡の北西部に伝承され，文化6年（1809年）の『福山志料』巻一，風俗に「花踊り」として，また文化15年（1818年）の『御問状答書』にも「花踊りのこと」として記されており，少なくとも江戸時代中期ごろには盛んに踊られていたことが推察できる。
踊りの様式は竹の先に御弊を付けた梵天【ぼんてん】を持つ男達を中心に，花で飾ったキリコと呼ぶ灯籠を手に持つ踊り子達（昔は頭上にいただいたという）が外側を囲み，太鼓の拍子と音頭にあわせ，男達は梵天を振り，踊り子は火をともしたキリコを廻したり，上に持ち上げたりしながら囃して踊る。
宵闇にぼんやりと映し出される踊り子のキリコ，黒白の衣裳に身を包み，高々と梵天をさし上げる男達の動きが印象的で，豊作を祝う人々の心がにじみでている。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64134.html	""
198	342076	198	広島県	福山市	本郷神楽	ほんごうかぐら	""	""	県指定無形民俗文化財	芸能	"本郷町　
本郷町無形民俗文化財保存会"	""	""	""	""	""	""		""	""	""	27940	""			""	""	""	""	""	"菅茶山の『御問状答書』によると，備南地方では江戸時代中期において各地で純然たるアマチュアによる里神楽が上演されていたことが記され，本郷神楽もこうした里神楽に類する。
本郷神楽は同町の横町荒神社（現本郷八幡神社に遷座）の祭礼に市・原地域の氏子によって式年の丑歳と未歳に奉納される荒神神楽で，演目は15種類ある。このうち「場払い」「神迎え」「神降し」「剣舞」及び譚【かたり】（問答形式）を主とする「四本舞」「王子舞」は『御問状答書』に記載されている演目と付合し，また同保存会所有の面に弘化4年（1847年）嘉永6年（1853年）などの銘の入ったもの，「弘化四未新調」の銘入りの太鼓も保存されており，江戸時代から盛んに踊られ今日まで継承されていることが明らかである。
荒神神楽は備後一円で行なわれているが，本郷神楽の場合，かつての神楽の面影を随所に残し，さらに神楽に関わる習俗もよく残している。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64133.html	""
199	342076	199	広島県	福山市	備後田尻荒神神楽	びんごたじりこうじんかぐら	""	""	県指定無形民俗文化財	芸能	"田尻町　
備後荒神神楽田尻保存会"	""	""	""	""	""	""		""	""	""	35142	""			""	""	""	""	""	これは，福山市田尻町本郷に所在する別所・勘定・艮の三荒神社の境内に舞台を仮設して，4年ごとの荒神社の式年に当たる年（寅・午・戌）の晩秋に舞われる神楽である。現在「悪魔払い」「盆舞」「皇子」など15の演目が伝承されている。備後田尻荒神神楽は，神歌が美しく，舞や衣装に古型を伝え，備南地方の荒神神楽の諸特徴を確実に継承している。また，寛政6年（1794年）以降の神楽に関する覚え書きが保存されている。	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64135.html	""
200	342076	200	広島県	福山市	蔵王のはねおどり	ざおうのはねおどり	""	""	県指定無形民俗文化財	芸能	蔵王町	""	""	""	""	""	""		""	""	""	39506	""			""	""	""	""	""	"福山市内の広い範囲で伝えられている「はねおどり」の一種です。かつては雨乞いなどでも踊られていましたが現在は蔵王八幡神社の秋祭りやその前夜祭で踊られています。「道行」「宮巡り」「せぐり」「打ち込み」の4種類の曲調があり，鉦・諫鼓・大胴の3種類の打楽器を用いて演奏します。「せぐり」「打ち込み」では，踊り手は円陣を組み，楽器を奏でながら，名前の由来となった「はね」あがるような所作をまじえて踊り，「打ち込み」では中唄も唄われます。
古記録によると，江戸時代後期（19世紀前半）には現在の蔵王町周辺で踊られていたことが明らかであり，隊形や所作も江戸時代後期の形態をよく留めています。  
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64307.html	""
201	342076	201	広島県	福山市	お弓神事	おゆみしんじ	""	""	市指定無形民俗文化財	芸能	"鞆町　
沼名前神社氏子"	""	""	""	""	""	""		""	""	""	26023	""			""	""	""	""	""	"鞆の八幡神社（沼名前神社境内）の祭礼（本来は，旧暦1月7日）に行なわれる神事で，旧鞆7ヶ町の氏子が輪番で行なっている。年頭にあたり悪鬼を射払い，新しい年の平穏を祈る破魔弓の変化したものと考えられる。
お弓は親弓主・子弓主（成人男子各1名）と小姓（10才の男子2名），矢取り（2才～3才の幼児2名）で行なう。行事に先だち拝殿で弓・矢の譲渡式・叙位式・乾杯式などの儀式が古式にのっとり行なわれた後，三間四方の桧舞台に登場，前方15間（約28m）にしつらえた標的に向い，交互に3回矢を射る。これらの弓主・小姓の動作はすべて世話方の囃子ことばによってとり行なわれる。
主催者・弓主・群集が一体となって取り行なわれるこの神事が終わると，春の足音が一歩一歩近づく。 "	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64136.html	""
202	342076	202	広島県	福山市	お手火神事	おてびしんじ	""	""	市指定無形民俗文化財	芸能	"鞆町　
沼名前神社氏子"	""	""	""	""	""	""		""	""	""	26754	""			""	""	""	""	""	"この神事は鞆祇園社の祭神素盞尊【すさのおのみこと】の神輿渡御に先だって行なう祓いの行事である。かつては旧暦6月4日に行なわれていた。
手火は，子割りした肥松【こえまつ】を青竹でくるみ，縄で結び固めた長さ3.6m，重さ約150kgの大きな手火3体を随身門南に並べ置き，小さな手火1体を神殿に安置する。
祭礼の当夜，午後7時に5張の太鼓が少年達によって連打され，続いて午後8時・9時と打ち鳴らし，その後宮司の手で神火が小手火に移される。やがて神火は世話方に移され，石段下の3体の大手火に点じ，神輿庫の祓いを行なう。
神火の移された大手火は，油のまわった肥松に燃え移り，火勢を強め燃えあがる。これを当番町の氏子百数十人が，ずぶぬれにした法被を頭にかぶり，交替しつつ随身門から拝殿へ通じる45段の石段を担ぎ上げる。三歩前進二歩後退，わずか30m程の石段を1時間余もかけて登る。ふき上る火の粉，もみ合う氏子，小手火をかざし神火を移す群衆，あがる歓声，境内は一面火の海となり，興奮のるつぼと化す。
大手火を拝殿前に安置した後，神輿を出して境内を練り拝殿へ納める。再び大手火を境内隈なく担ぎ廻り，町内を練って神事は終わる。神火を小手火に移した参拝者は家に持ち帰り，家内安全・五穀豊穣を祈る。また，大手火の燃え落ちた黒こげの木片を持ち帰り，家の表口に釘で打ちつけ，厄払いの護符とする。
火がすべての不浄を清めるという概念が，こうした勇壮な火の祭典と信仰に変化したものと思われる。"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64137.html	""
203	342076	203	広島県	福山市	柞磨の継獅子舞	たるまのつぎじしまい	""	""	市指定無形民俗文化財	芸能	"芦田町　
柞磨八幡神社継獅子舞保存会"	""	""	""	""	""	""		""	""	""	27932	""			""	""	""	""	""	"大獅子あるいは百足獅子といわれる系統の獅子舞で，福山地方には芦田町柞磨地区と府中市栗柄町のみに伝承され，秋祭りに奉納される行事である。
起源については定かでないが，伝えによると天保元年（1644年）柞磨八幡神社を町内の神田から現在の江原山に遷宮した時，氏子がこの舞を奉納したのが始まりとされ，現在「正保八年（1837年）酉之七月改・惣若連中」銘の獅子頭が3代目として伝えられている。
この継獅子舞は，胴布とよばれる獅子幕の内側に数十人の氏子が入り，外側にも胴布の裾を持ち，氏子は獅子の動作に合わせ胴布を上下にあおる。
獅子は2度目に本殿に向う時（上り獅子という），猿田彦が獅子に刀をくわえさせ，胴布内の頭持ちが人垣の上に乗って高い櫓を組み，継獅子を舞い，神主に刀を渡す。獅子の両側に花笠をつけた稚児が太鼓と掛声に合わせて，チャンギリ（銅拍子）をならす。一般に獅子は，歯打ちをさせるが，この継獅子は歯打ちをしない，大陸系の獅子舞の特色を意識的に除いており，かえってこれが特色となっている。勇壮な獅子舞で，多数の氏子が悪魔払いのお蔭を受けようとする行事である。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64138.html	""
204	342076	204	広島県	福山市	津之郷惣堂ひんよう踊り	つのごうそうどうひんようおどり	""	""	市指定無形民俗文化財	芸能	"津之郷町　
津之郷惣堂ひんよう踊り保存会"	""	""	""	""	""	""		""	""	""	28875	""			""	""	""	""	""	"この踊りは，一名「花踊り」とも「きりこ踊り」ともよばれ，旧沼隈郡内の津之郷・赤坂・神村・本郷を中心に旧暦8月14日か15日の宵に氏神様の境内で豊作に感謝して踊られたもので，今日でも各地で伝承されている。
津之郷の場合は，現在秋祭りに惣堂神社で行なわれている。基本的には本郷町のひんよう踊り（県無民）と共通するところが多いが，踊りの構成・服装・歌詞等に多少の違いがある。
踊りは中央に6本の弓張り提灯を置き，これを2重の環列で囲む。内側に羽織・着物（かつては紋付・袴）を着，梵天を持った男性，外側に音頭取り（2人），拍子取り（2人），太鼓打ち（1～2名）とキリコをもつ踊り子（児童多数）がとり囲む。キリコは伝八笠に多角形の行燈を付け，さらに行燈上に笹をつけ，梅・桜を模した花で飾る。これを踊り子の頭に載せ，笠の周囲に木綿白布を垂らし頭をかくす。キリコを頭に戴く形式は古い形で，江戸時代の『御問状答書』の付図と同じで，本郷のひんようと異なる。
ゆっくりとしたテンポの音頭に合わせ，緩やかな動作で踊る素朴な踊りである。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64139.html	""
205	342076	205	広島県	福山市	神辺二上り踊り	かんなべにあがりおどり	""	""	市指定無形民俗文化財	芸能	神辺町　神辺二上り踊り保存会	""	""	""	""	""	""		""	""	""	32070	""			""	""	""	""	""	"「二上り踊り」は，盆踊りの一種と考えられ，三味線の曲を基調に，頭に鉢巻または頬かむりをした踊り手が列を成して練り踊ったもので，踊り唄が無いのが特徴である。
この踊りの起源については定かでないが，一般的に三味線の調子に合わせて踊るおどりが現在の形式に定着したのは，寛永年間（1624～1644年）に京都で「本調子」・「二上り」・「三下り」などの三味線の調弦法が大成されてより以降とされ，旅人が往来した宿場町などを中心として広まったと考えられている。
神辺町の「二上り踊り」は，江戸時代までさかのぼる資料は残されていないが，三味線の「本調子」・「二上り」・「三下り」の調子を基調として踊られ，現在に伝えられている。特に，二上りの調子は華やかで陽気な風情を持ち，手振りや所作は優雅な味わいを持っている。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64259.html	""
206	342076	206	広島県	福山市	御領はねおどり	ごりょうはねおどり	""	""	市指定無形民俗文化財	芸能	"神辺町上御領
　御領はねおどり保存会"	""	""	""	""	""	""		""	""	""	33473	""			""	""	""	""	""	"はねおどりは，江戸時代に備後福山領内の農村で雨乞・虫送り及び秋の収穫のお礼おどりとして踊られていた。このうち「御領はねおどり」は，上御領八幡神社の秋祭りに氏子が奉納するもので，踊り手が鐘の音にあわせ，手に持った太鼓を打ち鳴らしながら舞い，その踊り手を，扇子を持った鬼がはやしたてる勇壮な踊りである。
演目は道行き・宮上り・どんかか・じゃんじゃんこさー・鉦の輪・よいこらさっさ・三枚胴の7種がある。
神辺町域には，各地に少しずつ演技の異なった「はね踊り」が伝えられているが，いずれも時代をさかのぼる資料に欠しい。「御領はねおどり」は使われていた太鼓胴の内側に，万延元年（1860年）に太鼓の革を張り替えたことが墨書されたものがあることから，この踊りが少なくとも江戸時代末頃までは遡ることが明らかである。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64258.html	""
207	342076	207	広島県	福山市	能登原とんど	のとはらとんど	""	""	市指定無形民俗文化財	芸能	沼隈町	""	""	""	""	""	""		""	""	""	35087	""			""	""	""	""	""	"当日は午前中に地区を練り歩き，午後には6基の「とんど」が一箇所に集まり，出来ばえを比べた後，ぶつけ合いが始まる。6基が寒風に揺れながらグランドで勢を競うさまは圧巻である。
その後「とんど」は各地区に持ち帰られ，無病息災・家内安全を願いながら地域住民の手で焼き払われる。この時，注連縄や古いお札，書初め等も焼かれる。また，この火で真っ黒に焼いた餅を食べると胃腸が強くなり，風邪もひかなくなると伝えられている。このような練り歩く飾りとんどは現在では唯一である。（福山城下では昭和36年（1961年）に，鞆地区では明治時代はじめ頃姿を消している。）福山城下で行われていた古来の練り歩きとんどの様式を伝え，上部の飾りが地域の人々の願いを形にしている点も注目される。　能登原地域で，毎年1月の第2日曜日（かつては旧暦1月14日）に行われる伝統的な「とんど」行事で，10メートル近い藁飾りの「とんど」をきらびやかに飾りつけて地域を練り歩く正月の風物詩として知られている。この「とんど」は，本谷，下組，立河内，鞆路，白浜，桜の六地区でつくられる。竹，黒松，藤蔓，稲藁，紙，杉の枝などの材料を使ってやぐらを組み，その上部には弓と矢を模した飾りを付け，注連縄と干支の額が飾られる。
"	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64249.html	""
208	342076	208	広島県	福山市	鞆の浦　鯛しばり網漁法	とものうら　たいしばりあみぎょほう	""	""	市指定無形民俗文化財	芸能	鞆町	""	""	""	""	""	""		""	""	""	42088	""			""	""	""	""	""	鯛しばり網漁は，江戸時代より行われていた瀬戸内海を代表する漁法である。長い歴史の中で変遷を遂げ，現在では希少となったが，瀬戸内海域の漁法の様子を示す貴重な漁法であり，名勝鞆の浦を代表する風物詩となっている。	""	http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64124.html	""
209	342076	209	広島県	福山市	廉塾ならびに菅茶山旧宅	れんじゅくならびにかんちゃざんきゅうたく	""	""	特別史跡	その他	神辺町川北　個人所有	""	""	""	""	""	""		""	""	""	19449	""			""	""	""	""	""	"菅茶山（1748～1827年）は19歳の時，京都の那波魯道に学び，天明初年（1781年）郷里にて塾を開いた。寛政8年（1796年）福山藩校の分校となり，公式には神辺学問所と呼ばれたが，一般には廉塾と称した。茶山は朱子学者で詩文に卓越し，『福山志料』の編集を行った。
塾生は神辺・福山を中心に遠くは四国・九州・奥羽にまで及び，頼山陽も塾頭の一人であった。今日，講堂・寮舎が茶山の居宅とともによく旧観を維持し，郷塾としては数少ない遺例である。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64260.html	""
210	342076	210	広島県	福山市	福山城跡	ふくやまじょうあと	""	""	国指定史跡	その他	丸之内一丁目	""	""	""	""	084-922-2117　	""		""	""	""	23414	""			""	""	""	""	""	"元和5年（1619年）安芸・備後の領主福島正則の改易により，備後10万石の領主として大和郡山より転封してきた水野勝成が構築した近世城郭である。
勝成ははじめ神辺城にいたが，領内を巡視し，野上村常興寺山を城地に選定，築城をはじめた。元和8年（1622年）8月に竣工し，勝成はその15日に入城，城号を敵追山（鉄覆山）朱雀院久松城またの名を葦陽城ともいい，城下を福山と命名したと伝える。
城郭は平山城で，東，南，西は二重の堀をめぐらし，北は吉津川を通し，小丸山（市史跡），天神山（松山），永徳寺山が天然の防塁となっている。現在三の丸，堀などはほとんど失われているが，本丸，二の丸はよく旧態をとどめている。
建造物としては，昭和20年（1945年）の空襲でほとんど焼失したが，伏見城から移築したと伝えられる伏見櫓（重文），筋鉄御門（重文）が現存しており偉容を示している。天守閣，湯殿，月見櫓は昭和41年（1966年）に，鏡櫓は昭和48年（1973年）に再建されたもので，鐘櫓（市重文）は昭和54年（1979年）に修復されたものである。
福山城は「西国の鎮衛」たる城主の居城にふさわしい威容を示し，城郭史上価値ある遺構である。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64144.html	""
211	342076	211	広島県	福山市	一宮（桜山慈俊挙兵伝説地）	いちのみや（さくらやまこれとしきょへいでんせつち）	""	""	国指定史跡	その他	新市町宮内	""	""	""	""	""	""		""	""	""	12491	""			""	""	""	""	""	"元弘元年（1331年）8月，北条高時を討つ謀議をめぐらしていた後醍醐天皇は，事の洩れたのを察知し笠置山に逃れ兵を募った。この時，備後の豪族宮氏の一族桜山四郎入道慈俊は楠木正成に呼応して挙兵，一宮（吉備津神社）の背後の桜山城に拠り，備後半国を従え，一時は安芸や備中へも進出しようとするほどの気勢をあげた。
しかし笠置山が落城し，天皇もとらえられ楠木氏の赤坂城も陥落し，正成も戦死したとの風聞で味方は離散し，慈俊は一族郎党とともに翌2年正月，吉備津神社に放火し自害した。この伝説地として一宮周辺が史跡に指定されている。  
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64214.html	""
212	342076	212	広島県	福山市	宮の前廃寺跡	みやのまえはいじあと	""	""	国指定史跡	その他	蔵王町　八幡神社境内	""	""	""	""	""	""		""	""	""	25350	""			""	""	""	""	""	"宮の前廃寺跡は，南に派生する低丘陵の中腹に位置し，現在は八幡神社境内に所在する古代寺院跡である。「海蔵寺」の名を伝えて，文献に伝える「深津市」「深津荘」付近に建立されていたと考えられている。
東に塔，西に金堂を配したいわゆる法起寺式の伽藍配置である。塔・金堂ともにせん積の基壇で，その規模は塔跡が一辺12.6m，高さ1.2mを，金堂跡が東西25m，南北15mをそれぞれ測る。塔跡には心礎を中心に4個の礎石が遺存している。
出土遺物には，奈良，平安時代の数種類の軒瓦，「紀臣和古女」「栗栖君」などの文字を陰刻した丸瓦・平瓦などがある。
昭和50年度，旧態を再現すべく発掘調査と環境整備が行われた。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64145.html	""
213	342076	213	広島県	福山市	朝鮮通信使遺跡鞆福禅寺境内	ちょうせんつうしんしいせきともふくぜんじけいだい	""	""	国指定史跡	その他	鞆町鞆　福禅寺（対潮楼）	""	""	""	""	""	""		""	""	""	34618	""			""	""	""	""	""	"宿館跡は「対潮楼」といい福禅寺の本堂に接する堂宇で，元禄年間（1688～1703年）の創建と伝えられ，梁間15.4m，桁行14.97m，単層入母屋造，本瓦葺の客殿である。
ここは弁天島，仙酔島に対する景勝の地にあり，徳川将軍の交代時に来朝した朝鮮通信使が鞆に寄港した際，正使，副使などの宿所に当てられた。ここからの眺望はすばらしく，正徳元年（1711）李邦彦は「日東第一形勝」の大毫を残した。また延享5年（1748年）洪景海の書いた「対潮楼」の書幅や通信使の詩巻などを多く所蔵している。
なお，朝鮮通信使鞆寄港については，慶長12年（1607年）から宝暦14年（1764年）の間に11回来鞆したことが確認されている。 
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64098.html	""
214	342076	214	広島県	福山市	二子塚古墳	ふたごづかこふん	""	""	国指定史跡	その他	駅家町新山・中島	""	""	""	""	""	""		""	""	""	40017	""			""	""	""	""	""	"駅家町の平野部をみおろす東にのびる丘陵上に築かれた古墳である。墳丘は全長68mの前方後円墳で，後円部は直径41m，高さ6.5m，前方部は幅27m，高さ4m，くびれ部は幅20mを測り，幅1.6～4ｍ，深さ0.4から1.8mの周溝が巡っている。
埋葬施設は後円部，前方部の2ヶ所に横穴式石室が築かれており，前方部のものはかなり破壊されているが長さ12.6ｍ（※）と確認されている。後円部の石室は花崗岩を使用した南に開口する両袖式横穴式石室で，規模は現状で，全長14.9m，玄室は長さ6.8m，幅2.1～2.6m，高さ3.3m，羨道は長さ8.1m，幅1.6～1.9m，高さ2.2～2.6mを測り，県内では最長である。奥壁は1枚で，側壁は傾斜をつけて積み上げている。墓道の前には積石の墓道が造り付けられている。
石室の中には兵庫県産の竜山石（凝灰岩）製の組合せ式石棺があり，副葬品は須恵器，土師器，鉄製武器，馬具などが出土した。中でも大刀の柄頭である金銅製双龍環頭柄頭は珍しい意匠である。

石室の構造や副葬品から築造されたのは6世紀末から7世紀初頭と考えられる。遺物や石室の構造などに畿内との関係が認められ，近畿以西では最も遅く造られた前方後円墳の可能性がある。当時のヤマト政権と吉備勢力の政治状況を考える上で重要な古墳である。

※概数から実測値に修正（12ｍ→12.6ｍ）

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215	342076	215	広島県	福山市	姫谷焼窯跡	ひめたにやきかまあと	""	""	県指定史跡	その他	加茂町大字百谷	""	""	""	""	""	""		""	""	""	13663	""			""	""	""	""	""	"加茂平野から約7km北上した国道182号線ぞいの山中に位置し，標高400m前後の丘陵と丘陵にはさまれた谷部に形成された江戸時代の磁器焼成窯跡である。姫谷は九谷，伊万里とともに日本の初期色絵磁器の一つで，市右衛門によって開かれたと伝えられる。
昭和52・53年（1977・78年）の発掘調査により，西に張り出す斜面を利用して築かれた窯跡2基が上下重なった形で確認された。いずれも階段状連房式登窯である。1号窯は全長12.8mの半地下式の窯で５房の焼成室を連ね，2号窯は全長16.8mの地上式の窯で6房の焼成室（一時期7房）を連ねる。両窯の年代差はほとんどなく，江戸時代前期末から中期前半の操業期間と考えられているが両窯とも操業期間は短い。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64147.html	""
216	342076	216	広島県	福山市	菅茶山の墓	かんちゃざんのはか	""	""	県指定史跡	その他	神辺町川北　個人所有	""	""	""	""	""	""		""	""	""	14664	""			""	""	""	""	""	"1827年に80歳で没した菅茶山は，川北の黄葉山山麓の網付谷に葬られた。35坪の墓地には26基の墓と2基の招魂碑がある。ほとんどは親族の墓だが，塾生の墓2基もある。菅茶山の墓は墓地の南寄りにあり，東を向いた瓦葺の屋舎に守られている。墓域は東西約4ｍ，南北約1.8 ｍあり，石垣に囲まれた中に屋舎があり，その前面には門と2基の石灯籠がある。屋舎は約1.8×1ｍの規模で木造平屋建瓦葺であり，中に墳墓と墓碑がある。墳墓は直径約0.9ｍの円形で東側は直線的となり，0.3ｍの盛土が施され周囲には花崗岩を廻らせている。墓碑は約0.9×0.5×0.1ｍの台石にのり，高さ約1.4ｍ，幅約0.6ｍ，厚さ約0.3ｍである。千字に及ぶ撰文は頼杏坪，「茶山先生菅君之碑」の額題は日野資愛による。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64261.html	""
217	342076	217	広島県	福山市	熊野の上代土器窯跡	くまののじょうだいどきかまあと	""	""	県指定史跡	その他	熊野町草田	""	""	""	""	""	""		""	""	""	14664	""			""	""	""	""	""	"奈良・平安時代の須恵器の窯跡で，南東に派生する小丘陵の斜面に構築されている。長さ約4mと推定され，最大幅1.7m，高さ約1mを測り，煙道は径約0.25mの円筒状をなし，ほぼ垂直に立ち上がる。付近にはこの他にも数基の須恵器の窯跡があり，ここからは瓦も出土している。当古窯跡から出土した須恵器には，杯，碗を主体として，皿，鉢，甕などがある。
また，隣接する沼隈町山南にも同時期の窯跡が存在しており，これらと共にこの地域の須恵器，瓦の需要をまかなっていたことが考えられる。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64149.html	""
218	342076	218	広島県	福山市	鞆七卿落遺跡	ともしちきょうおちいせき	""	""	県指定史跡	その他	鞆町鞆	""	""	""	""	""	""		""	""	""	14664	""			""	""	""	""	""	"幕末維新の際，尊皇討幕を唱える三条実美ら七卿は，文久3年（1863年）8月18日の政変により朝議一変し，官職を免ぜられ長州に下る。その途中鞆港に入り，ここ中村家（現，重文　太田家住宅）に立ち寄った。
翌元治元年（1864年）上洛することとなり，多度津に達した船団は，蛤御門の変に長州勢が敗れたことを知り，鞆に引き返し中村家で軍議を重ね西下を決定した。
この時の宿所となった中村家は，江戸時代に栄えた保命酒屋で，こうした歴史的背景から鞆七卿落遺跡の名を残す。
なお，この遺跡の建造物は「太田家住宅」「太田家住宅朝宗亭」として，国指定の重要文化財に指定されている。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64148.html	""
219	342076	219	広島県	福山市	亀山弥生式遺跡	かめやまやよいしきいせき	""	""	県指定史跡	その他	神辺町道上	""	""	""	""	""	""		""	""	""	15045	""			""	""	""	""	""	"神辺平野の中央やや北寄りに，標高37.5ｍの亀山の独立丘陵があり，遺跡はこの東と西の傾斜面に遺物包含層として存在する。昭和32年（1957年）の調査では，遺物包含層の下層からヘラ描きの沈線文や突帯を巡らす弥生時代前期後半の土器が出土し，その上層では櫛描文様の中期前半の土器が出土している。とくに後者の土器は「亀山上層式土器」とよばれ，ヘラ描き文様から櫛描文への転換を示す資料として注目される。土器のほか多量の石鏃，刃器，磨製石斧など各種の石器が出土している。備後地方の初期農耕生活を示す遺跡として重要である。
また，昭和55年（1980年）からの発掘調査で弥生時代前期～中期の三重の環濠が見つかった。丘陵の東斜面は緩やかで2番目の環濠の外側に土塁が検出された。   
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64262.html	""
220	342076	220	広島県	福山市	田辺寺塔跡	でんべいじとうあと	""	""	県指定史跡	その他	津之郷町字大満寺	""	""	""	""	""	""		""	""	""	15791	""			""	""	""	""	""	福山市の西郊，津之郷町坂部の南に張りだした低丘陵上に位置し，現在の田辺寺の南に接する畑から多量の古瓦類とともに九輪，風鐸（県重文）などが出土し，塔跡の存在が推定された。しかし，中心礎石も移動して田辺寺境内におかれており，正確な塔の位置，規模ならびに伽藍配置などいずれもあきらかでない。伝承では養老五年開基の和光寺の跡と伝えるが，出土の軒丸瓦，軒平瓦とともに平安時代の特徴を示している。田辺寺のさらに南方の傾斜地から低平地にかかる一帯には，弥生時代から平安時代におよぶ遺構・遺物を出土するザブ遺跡があり，平安時代の緑釉陶器や多量の土師質土器の出土は，和光廃寺との関連を示す資料といえよう	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64150.html	""
221	342076	221	広島県	福山市	本庄重政墓	ほんじょうしげまさぼ	""	""	県指定史跡	その他	松永町　承天寺	""	""	""	""	""	""		""	""	""	15791	""			""	""	""	""	""	"重政は福山藩主水野氏に仕えた本庄重昭の嫡子として生まれたが，家督を弟重幸にゆずり，江戸に出て兵法を修業し，島原の乱の際には戦功をたてた。半生の放浪を終え，岡山藩主池田光政に仕えた後，福山藩に帰った彼は，当初，高須（尾道市）に居を構え，新田開発，干拓や塩業の発展に努力し，延宝4年（1676年）70才で松永に没した。明暦2年（1656年）に柳津新涯を，翌年には深津郡各地の新田を，万治2年（1659年）には高須新涯を開いた。また万治3年（1660年）から松永干拓に着手し，寛文7年（1667年）までに塩浜とし松永塩田の基礎をつくった。
死後，自ら福山から移した本庄家の菩提寺承天寺に葬られた。墓石は八角柱形の特異な形をしたもので，松永を臨む承天寺墓地の一角にある。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64151.html	""
222	342076	222	広島県	福山市	水野勝成墓	みずのかつなりぼ	""	""	県指定史跡	その他	若松町　賢忠寺境内	""	""	""	""	""	""		""	""	""	15791	""			""	""	""	""	""	"永禄7年（1564年）三河に生まれた水野勝成は，元和5年（1619年）56才で大和郡山6万石より備後10万石の領主として入封した。徳川氏と縁が深く，勇将でもあり，関ケ原の戦での戦功により日向守に任ぜられている。
福山藩の初代藩主となってからは，福山城の構築，新田開発，治水事業，神社仏閣の整備など積極的に領内の治政にあたった。
寛永16年（1639年）家督を勝俊に譲り，慶安4年（1651年）88才で死去，賢忠寺に葬られた。水野家の墓地は賢忠寺の北側にあり，勝成のほか父忠重，三代勝貞，四代勝種などの墓がある。勝成の墓石は高さ5.1mの巨大な五輪塔である。"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64152.html	""
223	342076	223	広島県	福山市	平賀源内生祠	ひらがげんないせいし	""	""	県指定史跡	その他	鞆町後地	""	""	""	""	""	""		""	""	""	14664	""			""	""	""	""	""	"高松藩薬用方出身で蘭学者として知られる平賀源内は，諸国を遍歴し，鞆の溝川家に寄寓したことがある。この時，源内焼の製法を伝え，土の神，かまどの神，平賀源内大明神を三宝荒神として祀るよう言い残して去ったといわれる。この生祠は，溝川家が宝暦14年（1764年）に祀ったものである。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64097.html	""
224	342076	224	広島県	福山市	大迫古墳	おおさここふん	""	""	県指定史跡	その他	駅家町大字新山	""	""	""	""	""	""		""	""	""	17793	""			""	""	""	""	""	"服部大池北側の東にのびる丘陵に築造された後期古墳で大迫金環塚とも呼ばれている。墳丘は削平されているため明確にすることができない。内部主体は加工した巨大な花崗岩を使用した南に開口する両袖式横穴式石室である。玄室は長さ5.65m，幅2.5m，高さ2.7m，羨道は長さ6m，幅1.9m，高さ2.1mを測り，県内屈指の巨大石室墳の一つである。
出土遺物としては，須恵器高杯2，金環1が確認されている。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64096.html	""
225	342076	225	広島県	福山市	大佐山白塚古墳	おおさやましらつかこふん	""	""	県指定史跡	その他	新市町戸手	""	""	""	""	""	""		""	""	""	17793	""			""	""	""	""	""	"標高188ｍの大佐山山頂よりわずかに南に下った高位置にあり，付近からの芦田川中流域の眺望は格別である。墳丘は一辺12mの方墳と考えられ，内部主体は大きな切石を整然と積み上げた横穴式石室である。玄室は長さ3.7m，羨道は約４m，幅は両者ともほとんど同じ1.8mである。また両者の境には両側に柱状の石をたて，それに鴨居状の石が横架されており，2室に分かれている。
白塚と呼ばれているように，石と石との間隙には，漆喰の痕跡が認められる。
この古墳の築造は，7世紀中頃と考えられる。同様の構造をもつ石室は大坊古墳（神辺町）や狼塚２号古墳（駅家町）にみられる。

"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64216.html	""
226	342076	226	広島県	福山市	神谷川弥生式遺跡	かやがわやよいしきいせき	""	""	県指定史跡	その他	新市町新市	""	""	""	""	""	""		""	""	""	17793	""			""	""	""	""	""	"神谷川と芦田川の合流地点の北側，神谷川左岸の丘陵中腹に位置する弥生時代後期の集落遺跡である。昭和22年（1947年）以来3回の発掘調査が実施され，出土した土器は「神谷川式土器」として広島県東部の弥生時代後期の土器の標識となっている。遺構には，竪穴住居跡・炉跡・貯蔵穴などが検出され，遺跡の下層からは縄文時代晩期後半の遺物も出土している。

"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64217.html	""
227	342076	227	広島県	福山市	宮脇石器時代遺跡	みやわきせっきじだいいせき	""	""	県指定史跡	その他	新市町常（品治別神社境内）	""	""	""	""	""	""		""	""	""	17793	""			""	""	""	""	""	"神谷川右岸の丘陵端にある品治別神社境内に位置する遺跡である。縄文時代早期の押型文土器と細石器を出土した遺跡として知られているが，二次的に堆積した可能性が強い。縄文時代の遺物は，押型文土器・撚糸文土器・無文厚手土器，それに伴う石鏃など縄文時代早期中葉のものが中心である。縄文時代以前の遺物は，サヌカイト製の細石核・細石刃・小型のナイフ形石器が少量伴出し，旧石器時代終末およびそれ以降の過渡的な様相を示す。  
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64215.html	""
228	342076	228	広島県	福山市	山の神古墳	やまのかみこふん	""	""	県指定史跡	その他	駅家町大字法成寺	""	""	""	""	""	""		""	""	""	17793	""			""	""	""	""	""	"神辺，加茂，駅家の平野部北辺には数多くの古墳が存在し古墳密集地帯となっている。その中の一つ山の神古墳は，平地内の東に延びる丘陵の先端に築造されている。墳丘は丘尾を切断した前方後円墳と考えられているが，径12m，高さ4mの円墳の可能性が大きい。内部主体は南に開口する片袖式の横穴式石室で，平面形が方形に近く天井の高い玄室を有する。玄室の側壁は四方から持ち送られ，天井石2枚で覆われる。規模は現状で，玄室が長さ4.1m，幅2.9m，高さ3.3m，羨道が長さ2.25m，幅1.26m，高さ1.25mを測る。
出土遺物に金銅製杏葉および鉄地金張り鏡板，雲珠などの馬具類，金銅製丸玉2，須恵器，土師器などがある。
横穴式石室としては特異な形態で，古式のものと考えられる。

"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64153.html	""
229	342076	229	広島県	福山市	松本古墳	まつもとこふん	""	""	県指定史跡	その他	神村町松本	""	""	""	""	""	""		""	""	""	18122	""			""	""	""	""	""	"松永湾を望む南北にのびる緩やかな丘陵の先端部に構築された古墳である。
従来はこの地方に珍しい方墳とされていたが，実測の結果，北側に造り出しをもつ帆立貝式古墳である（円墳の可能性もある）。規模は径45m，高さ6.5m，これに幅17m，長さ7m，高さ2mの造出しがつく二段築成の古墳と考えられる。外部施設として，埴輪が採取されており葺石とともに墳丘周辺にめぐらされていたことが推定される。内部主体は墳頂部南寄りに板状の石が散在しており，箱式石棺ないし竪穴式石室と思われる。また周囲に周濠と思われる痕跡が残る。
出土遺物として，表面採集であるが埴輪片（円筒，水鳥形など）の他，土師器片，鉄器片などがあり，5世紀前半の古墳と考えられている。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64154.html	""
230	342076	230	広島県	福山市	猪ノ子古墳	いのここふん	""	""	県指定史跡	その他	加茂町大字下加茂　江木神社境内	""	""	""	""	""	""		""	""	""	18522	""			""	""	""	""	""	"加茂の平野部を形成する加茂川と百谷川の流域には，数多くの古墳が存在している。猪の子古墳は，加茂川と百谷川の合流地点に築かれ，平野部を南に一望できる位置にある。墳丘については，削平と土盛りにより墳形，規模を明確にしがたい。内部主体は切石の花崗岩を使用し，南に開口するいわゆる横口式石槨である。石槨部は長さ2.82m，幅1.09m，高さ0.89m～0.95m，羨道部は長さ東3.84m，西3.63m，幅1.46m～1.70m，現高1.25mを測る。石材の接合部には組合せのための加工が施され，天井石と各壁との間隙には漆喰が残っている。
出土遺物は知られていないが，芦田町曽根田白塚（県史跡），新市町尾市1号古墳と共に古墳時代終末期の古墳として貴重である。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64155.html	""
231	342076	231	広島県	福山市	神辺本陣	かんなべほんじん	""	""	県指定史跡	その他	神辺町川北　個人所有	""	""	""	""	""	""		""	""	""	18724	""			""	""	""	""	""	"本陣は大名宿ともいわれ，江戸時代，街道の宿場に置かれた大名・公家・幕府役人などの宿泊所である。建物は書院造で門・玄関・二の間がある広大な規模であるが，この制度は，明治3年（1870年）に廃止された。神辺は江戸時代に備中（岡山県）矢掛と備後今津の中間に位置する山陽街道の宿場町として栄え，その名残りがこの神辺本陣である。神辺本陣はもと七日市の本庄屋菅波家と三日市の尾道屋菅波家の２軒あったが，尾道屋菅波家のみが現存している。
延享3年（1746年）に建てられた本陣の母屋（玄関，式台，御成の間，上段の間，三の間，札の間，湯殿）は，大名宿泊時には他の棟も含めて，部屋数27，畳数200余枚を使い，大名とその附添衆50～70人の収容が可能だった。現在，本陣の大部分が現存しており，当時の面影をとどめている。なお，屋敷全体を県史跡として指定し，建物は県重文として指定している。   
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64263.html	""
232	342076	232	広島県	福山市	備後安国寺	びんごあんこくじ	""	""	県指定史跡	その他	鞆町　安国寺	""	""	""	""	""	""		""	""	""	20120	""			""	""	""	""	""	"安国寺は，夢窓国師の勧告により足利尊氏・直義兄弟が，元弘以来の戦没者の冥福を祈って国ごとに建立した寺で，備後安国寺は暦応2年（1339年）に愚谷和尚が創建し，法燈国師を推して開山したと伝えられている。一時衰退したが，慶長4年（1599年）に毛利輝元を大檀越として，安国寺恵瓊によって再興された。以来鞆の浦三分の一を寺領とし再び寺は栄えたといわれている。　昭和8年（1933年）の釈迦堂修理の時，現状基礎よりも50cm下層に旧基礎が検出されており，安国寺の前身建物に関わるものと考えられている。
大正9年（1920年）本堂は焼失したが，現在境内には釈迦堂（重文），枯山水の庭園，ソテツ（県天記）が所在し，当時の繁栄を物語っている。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64156.html	""
233	342076	233	広島県	福山市	馬取遺跡	うまとりいせき	""	""	県指定史跡	その他	柳津町字馬取	""	""	""	""	""	""		""	""	""	21579	""			""	""	""	""	""	"松永湾東岸に位置し，龍王山から南西にのびる丘陵の先端部のやや平らな台地上にある。
この遺跡は貝塚を中心とする縄文時代の遺跡で，台地の北北西の傾斜面に所在していた馬取西貝塚，南々東の台地の上端に存在している馬取東貝塚，両者を結ぶ遺物包含層で構成される。現在は馬取東貝塚の一部のみ遺存し，覆屋を設け保存されている。
出土した縄文土器は，縄文時代早期から晩期におよぶものであり，この地域の土器編年に好資料を提供した。その他，石器（石鏃，石錘，石匙など），自然遺物（ハマグリ，ハイガイなどの貝類，イノシシ，シカなどの獣骨類）などが出土している。
また包含層上層において，須恵器，土師器，師楽式製塩土器が出土しており，長期間生活の場となっていたことがうかがえる"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64157.html	""
234	342076	234	広島県	福山市	馬屋原重帯の寿蔵碑	うまやはらしげよのじゅぞうひ	""	""	県指定史跡	その他	駅家町大字向永谷	""	""	""	""	""	""		""	""	""	23862	""			""	""	""	""	""	"重帯は宝暦12年（1762年），向永谷村の庄屋の家に生まれた。彼は実業の農業にはげむかたわら史書を読み著作を好んだ。壮年にして家事を弟たちにゆずり学問に専念。子弟を集めて自ら塾を開いた。また備後一円の史書として著名な『西備名区』90巻（県重文）をはじめ，備南の年中行事や風俗をしるした『風俗問状答書』などを独力で編著する偉業を成し遂げた。『西備名区』を備後一の宮に奉納して数年後の天保7年（1836年）75才で没した。
この碑は天保2年（1831年），門人たちが彼70才の時，業績をたたえて建立したもので，方柱型，花崗岩製である。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64095.html	""
235	342076	235	広島県	福山市	草深の唐樋門	くさぶかのからひもん	""	""	県指定史跡	その他	沼隈町　草深	""	""	""	""	""	""		""	""	""	29238	""			""	""	""	""	""	"江戸時代初期の寛文年間(1661～1673年)に磯新涯が干拓造成されたのに伴って建造されたものである。樋の堂と呼ばれる建物と，その床下の樋門の部分からできている。この樋門は元禄9年（1696年）と安永3年（1774年）に修理が行なわれた。昭和56年（1981年）には解体修理を行った。
この唐樋門は，瀬戸内沿岸の干拓造成を研究するうえで貴重な産業遺跡である。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64251.html	""
236	342076	236	広島県	福山市	曽根田白塚古墳	そねだしらつかこふん	""	""	県指定史跡	その他	芦田町大字下有地	""	""	""	""	""	""		""	""	""	29693	""			""	""	""	""	""	"芦田町久田谷の北側丘陵の頂上付近に築造された古墳時代終末期の古墳で，周辺に古墳はなく独立した形で存在している。
墳丘は径約9mの円墳である。内部主体は加茂町の猪の子古墳と同様，切石の花崗岩を使用した南に開口する横口式石槨であるが，石槨部に底石がないのが特徴である。石槨部は長さ2.19～2.20m，幅1.22～1.23m，奥現高1.22m，羨道部は長さ3.64～3.75m，幅1.8～1.81m，入口現高1.1mを測る。石槨部東側石は1枚石に亀裂を入れ，意識的に西側石と対称にしようとしたことがうかがえる。天井石，側石には組合せのための加工が施され，間隙には漆喰が残存している。出土遺物は知られていない。"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64158.html	""
237	342076	237	広島県	福山市	大坊古墳	だいぼうこふん	""	""	県指定史跡	その他	神辺町西中条	""	""	""	""	""	""	1	基	""	""	30627	""			""	""	""	""	""	"大坊古墳は，神辺平野の北にある中条の谷の西側丘陵先端に築かれた，巨大な横穴式石室をもつ古墳である。直径14ｍ，高さ約5ｍの南北方向にやや長い円形で，15ｍ×12ｍの長方墳の可能性も指摘されている。
横穴式石室は，南東に開口し，石室の長さが11.3ｍ，幅・高さとも約2ｍの規模である。この石室の特徴は，花崗岩の表面を磨いたような石材を使用し，玄室と羨道がほぼ同じ規模で設計され，玄室は床面の中央に置かれた2個の石によって前後二室に分けられており，玄室の入口には2本の石柱が立てられ，その上に石が架けられている。加工された側壁はほぼ垂直に立ち，それぞれの石が正確に組まれている様子を見ると，高度な土木技術が駆使されている。
この古墳は，開口時期が早かったことから出土遺物は明らかでないが，切石状の石材を用いていることや，左右対称を意識していること，綿密な設計のもとに構築されていることから，古墳時代終末期頃に造られた古墳と考えられている。 
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64264.html	""
238	342076	238	広島県	福山市	迫山第1号古墳	さこやまだいいちごうこふん	""	""	県指定史跡	その他	神辺町湯野	""	""	""	""	""	""	1	基	""	""	31741	""			""	""	""	""	""	"迫山古墳群は，備後国分寺の北西に広がる標高80ｍの丘陵頂部，東尾根，西尾根の3か所にまとまりが見られ，現在12基の横穴式石室墳が確認されている。
このうち頂部にある，迫山第1号古墳は直径21.5ｍ，高さ5ｍの円墳で，墳丘は黒色の土で版築状につき固められており，西側では浅い周溝，石室前面の両側には墳裾を示す数個の石が存在する。埋葬施設は南東に開口する片袖式の横穴式石室で，駅家町の服部川周辺に集中する二子塚古墳などの巨大横穴式石室に匹敵する規模を持っている。
石室の開口時期は早く，平安時代末頃に撹乱を受けているが，昭和58年（1983年）と昭和61年（1986年）に神辺町教育委員会が発掘調査を行った際に内部から単鳳環頭太刀，刀，鉄鏃，馬具と思われる絞金具，勾玉，管玉，切子玉，棗玉，ガラス小玉，土製練玉，金銅製耳環，須恵器などの遺物が豊富に出土した。
石室の構造や出土遺物から古墳時代後期末に築造されたものと考えられるが，単鳳環頭大刀や鍔に銀象嵌の文様をもつ刀が出土したこと，石室の規模などから迫山古墳群の盟主的な古墳と考えられており，神辺平野東部地域で勢力圏を獲得しつつ台頭してきた最も有力な首長墓と考えられる。 
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64265.html	""
239	342076	239	広島県	福山市	北塚古墳	きたつかこふん	""	""	県指定史跡	その他	駅家町服部永谷	""	""	""	""	""	""		""	""	""	32503	""			""	""	""	""	""	"この古墳は，尾根の裾付近に築造されたもので，主体部の石槨が露出した状態である。封土は完全に失われており墳形は判然としない。石槨は，底石，側石，蓋石を花崗岩の切石で組み合わせており家型を呈している。以前よりこの古墳については，移動説があったが昭和57年（1982年）に一部発掘した結果，当初より原位置を保っていることがわかった。遺物は須恵器の坏片がわずかに出土した。古墳時代終末期のもので貴重である。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64159.html	""
240	342076	240	広島県	福山市	石鎚山古墳群	いしづちやまこふんぐん	""	""	県指定史跡	その他	加茂町加茂が丘	""	""	""	""	""	""		""	""	""	33906	""			""	""	""	""	""	"芦田川支流の加茂川によって形成された平野を望む北向きの低丘陵端部に位置し，2基の円墳からなる。
第1号古墳（直径20m，高さ3m）は，墳丘の裾部と中腹斜面に列石を巡らせ，2基の竪穴式石室を有する。その一つの石室からは，墳丘外にのびた暗きょの排水溝を設けている。
第2号古墳（直径16m，高さ3m）は，組合せ式木棺と，割竹式木棺を納めたと考えられる二つの土工壙からなっている。
第1号古墳からは，斜縁二神二獣鏡，玉類，鉄剣，鉄鏃，銅鏃。第2号古墳からは内行花文鏡の破片（割れ口を磨いている），刀子，ヤリガンナが出土している。いずれの銅鏡も中国製である。
古墳の築造年代は1号墳は4世紀後半，2号墳は4世紀末から5世紀初頭と考察されている。
両古墳とも，主体部が竪穴式，副葬品が鏡・武器・玉類という古い時期の特色を示した備後南部の古墳を代表するものとして，学術的価値も高い。発掘調査後，墳丘の盛土・貼石・芝張りの復元を行っている。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64094.html	""
241	342076	241	広島県	福山市	相方城跡	さがたじょうあと	""	""	県指定史跡	その他	新市町相方	""	""	""	""	""	""		""	""	""	34722	""			""	""	""	""	""	"新市町相方の芦田川南岸に接する標高約190mの丘陵上に築かれた山城である。主郭となる山頂部の遺構は，標高191mを頂部とする東側曲輪群と，幅約30mの空堀を挟んで標高188mを頂部とする西側曲輪群に分けられる。いずれも打込接の総石垣で築かれている。二つの曲輪は300～700平方メートルの広さがあり礎石建物があったと考えられ，瓦や土師質土器が出土した。また，頂上から派生する尾根の各所にも曲輪が確認されているが，これらには石垣はない。今日までの発掘調査結果や繩張り図などを検討すると，相方城は，在地の領主によって築かれた中世山城の上に，戦国末期に毛利氏が直轄城として主郭部を総石垣で築いたものであろうと考えられている。なお相方城に関しての文献史料はほとんどないが，新市町戸手の素盞嗚神社の門は，この城の門を移築したと伝えられている。 
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64218.html	""
242	342076	242	広島県	福山市	本谷弥生遺跡	ほんだにやよいいせき	""	""	市指定史跡	その他	津之郷町　津之郷小学校	""	""	""	""	""	""		""	""	""	22006	""			""	""	""	""	""	"この遺跡は，津之郷の沖積平野の北辺部に位置し，かつてはこの付近まで海が湾入していたと考えられる。
昭和17年（1942年），津之郷小学校校門脇に，防火用池造成中，弥生土器にまじって貨泉（市重文）が出土した。その後の調査で，縄文土器（後期），弥生土器（中・後期），土師器，須恵器が出土している。
また付近一帯にも弥生土器，須恵器等が広く散布しており，長い期間にわたり大規模な集落が形成されていたことが考えられる。"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64160.html	""
243	342076	243	広島県	福山市	イコーカ山古墳	いこうかやまこふん	""	""	市指定史跡	その他	赤坂町一番組	""	""	""	""	""	""		""	""	""	23106	""			""	""	""	""	""	"赤坂の平野部の北縁部，津之郷町加屋から南に派生する丘陵の先端部に構築された古墳である。墳丘は径約10mの円墳で，外部施設として円筒埴輪を二重にめぐらせている。内部主体は未発掘のため明らかでない。周囲はかなり削りとられているので，旧来の景観は変容しているが，南西に続く丘陵には，4基で構成される池下山古墳群が存在していた。
なお，西裾には相輪を欠くが，室町期と考えられる宝篋印塔がある。 
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64165.html	""
244	342076	244	広島県	福山市	大蔭2号古墳	おおかげにごうこふん	""	""	市指定史跡	その他	春日町能島丘	""	""	""	""	""	""		""	""	""	23106	""			""	""	""	""	""	"大門湾の後背地，春日町浦上，大蔭地区にはかつて古墳群が存在したことを伝えているが，現在ではこの大蔭2号古墳と，谷一つへだてた所に銭神古墳が所在するのみとなっている。
大蔭2号古墳の墳丘は，円墳と思われるが規模は不明である。内部主体は，花崗岩を使用した南に開口する無袖の横穴式石室で，規模は現状で全長4.9m，幅0.97m，高さ1.14mを測る。
出土遺物は知られていないが，同じ丘陵の北東約90mの地点に所在していた1号古墳（無袖横穴式石室）からは，金環，須恵器杯蓋，杯身，平瓶等が出土している。後期古墳の一つである。 

"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64161.html	""
245	342076	245	広島県	福山市	釜屋1号古墳	かまやいちごうこふん	""	""	市指定史跡	その他	箕島町釜屋	""	""	""	""	""	""		""	""	""	23106	""			""	""	""	""	""	"芦田川河口東側，標高約58mの茶山に所在する古墳群の一つである。茶山には十数基の古墳の存在を伝えるが，ほとんど破壊されており，この古墳も石材採取のため奥壁，側石の一部，天井石1枚を残すのみとなっている。
墳丘は，封土流出のため墳形・規模ともに不明である。内部主体は花崗岩を使用した南西に開口する横穴式石室で，規模は現状で奥壁部幅2.3m，奥行4.05mを測る。
出土遺物に単鳳環頭柄頭（市重文）がある。その他鉄刀，須恵器の出土を伝えるが，散逸している。
出土遺物などから，この地の盟主的人物を葬った後期古墳と考えられる。
※平成22年(2010年）公簿（公図）の地名に統一するため「釜谷1号古墳」から「釜屋1号古墳」に名称変更された。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64162.html	""
246	342076	246	広島県	福山市	坂部4号古墳	さかべよんごうこふん	""	""	市指定史跡	その他	津之郷町大字加屋坂部	""	""	""	""	""	""		""	""	""	23106	""			""	""	""	""	""	"津之郷の平野部北側，南に派生する丘陵には平野を見おろす形で，数多くの古墳が存在している。
坂部には4基の古墳が確認されているが，いずれも横穴式石室を有する後期古墳である。
この古墳の墳丘は，封土を失い墳形，規模は不明である。内部主体は花崗岩を使用し，南に開口する無袖の横穴式石室で，規模は全長8.13m，奥壁部幅1.64m，高さ1.3mを測る。側石は天井部に近づくにしたがい狭くなる持ち送りとなっている。出土遺物は不明である。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64163.html	""
247	342076	247	広島県	福山市	スベリ石1号古墳	すべりいわいちごうこふん	""	""	市指定史跡	その他	赤坂町一番組	""	""	""	""	""	""		""	""	""	23106	""			""	""	""	""	""	"津之郷町本谷，坂部古墳群より西の丘陵に連なる古墳群の中の一基である。
墳丘は円墳で，直径13m，高さ5mを測る。内部主体は花崗岩を使用した南に開口する片袖式の横穴式石室で，玄室の長さ5.5m，高さ2.5m，奥壁部幅2.0m，羨道の長さ4.0m，幅1.5m，高さ1.3mを測る。津之郷，赤坂周辺では最大規模の横穴式石室を有する後期古墳である。
出土遺物は不明である。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64166.html	""
248	342076	248	広島県	福山市	本谷1号古墳	ほんだにいちごうこふん	""	""	市指定史跡	その他	津之郷町大字津之郷	""	""	""	""	""	""		""	""	""	23106	""			""	""	""	""	""	"津之郷町本谷の丘陵には，横穴式石室を有する後期古墳が6基確認されている中の1基である。
この古墳の墳丘は，封土を失い墳形，規模は不明である。内部主体は，花崗岩を使用した無袖の横穴式石室で，規模は全長8.85m，幅は入口で1.32m，奥壁部で1.99m，高さ2.3mを測る。奥壁1枚で側壁は持ち送りとなっている。
出土遺物に銀環1，須恵器，勾玉3がある。 
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64164.html	""
249	342076	249	広島県	福山市	一乗山城跡	いちじょうさんじょうあと	""	""	市指定史跡	その他	熊野町大字上山田	""	""	""	""	""	""		""	""	""	23467	""			""	""	""	""	""	"別名黒木城ともよばれ，沼隈半島の南東部熊野盆地に存在する城跡で，中世の豪族渡辺氏の居城である。
渡辺氏は，鎌倉時代末期に山田荘に入り，後足利氏に属し勢力をのばした。一乗山（七面山）に築城するのは渡辺越中守兼の時代といわれ，入城したのは文明年間（1469～1486年）とも永正年間（1504～1521年）ともいわれる。またこの頃兼は日蓮宗に帰依し，菩提寺常国寺を建立した。
城は北へのびる尾根を利用し，南は堀切，北は竪堀で区画し，この間の頂部30×20mの南半分を櫓台状にした平坦面を設けている。郭【くるわ】の跡や，石垣，井戸等もよく残存している。
慶長5年（1600年）関ヶ原の戦に敗れ，兼の曽孫景は一乗山城を退き，廃城となった。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64169.html	""
250	342076	250	広島県	福山市	大可島城跡 附　伝桑原一族墓地	おおがしまじょうあと	""	""	市指定史跡	その他	鞆町鞆	""	""	""	""	""	""		""	""	""	23467	""			""	""	""	""	""	"ここは南北朝時代鞆争奪の古戦場で，現在は陸続きとなり円福寺が建てられているが，かつては島であり，そこに大可島城があった。
康永元年（1342年），伊予の南朝軍は西国に勢力をのばそうとして，新田義貞の弟脇屋義助を大将として迎えたが病死したため，北朝軍に伊予川之江城を攻められ苦境に立った。南朝軍は金谷経氏を大将として土居，得能氏らが川之江に援助に向ったが，途中北朝側の備後勢と燧灘で遭遇し大合戦となり，折からの風で鞆方向に流された。そこで鞆を攻撃し占領，大可島を詰城として拠点を構えた。これに対して北朝側は鞆の小松寺に陣し，激戦十余日に及んだが，南朝軍は本拠川之江城危うしの報に，備後服部の桑原重信を残し伊予に引き返した。北軍は桑原氏を滅ぼし鞆は再び北朝側に帰した。世にいう鞆合戦の城跡で，城地にある石塔は桑原一族の墓と伝えられている。

"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64168.html	""
251	342076	251	広島県	福山市	伝足利義昭居館跡「蔀山」	でんあしかがよしあききょかんあと「しとみやま」	""	""	市指定史跡	その他	西深津町字松山	""	""	""	""	""	""		""	""	""	23467	""			""	""	""	""	""	"室町幕府最後の将軍足利義昭は、織田信長に京都を追われ、天正4年（1576年）2月8日、毛利氏を頼って鞆に到着している。毛利氏は同年5月13日に至って義昭の命を奉ずることを決意し、毛利氏によって鞆に居宅がつくられた。その後、義昭は天正15年（1587年）上洛するまでの間、鞆のほか津之郷にも居館をかまえたと伝えられる。
また、深津の蔀山にも居館があり、義昭がふたたび備後に下って隠退生活を送ったところと伝えている（福山志料）が、義昭が再び備後に下った確かな証拠がなく、鞆か津之郷在館中の別邸ではないかと考えられている。"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64167.html	""
252	342076	252	広島県	福山市	水野勝俊墓域	みずのかつとしぼいき	""	""	市指定史跡	その他	北吉津町　妙政寺墓域	""	""	""	""	""	""		""	""	""	24503	""			""	""	""	""	""	"勝俊は福山藩二代藩主で，慶長3年（1598年）備中国成羽に生まれた。元和6年（1620年）入国後しばらく鞆に居住していたが，寛永16年（1639年）42才で襲封した。父勝成にも劣らぬ武勇の士であったといわれ，勝成の事業を継承して領国経営の基礎である土木普請を着々と進めた。
勝成の死後5年たらずの承応4年（1655年）58才で死去した。勝俊は日蓮宗に帰依し，妙政寺の大檀越となっており，妙政寺に葬られた。墓は巨大な五輪塔で，墓前には七人の殉死者の墓が並んでいる。

"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64170.html	""
253	342076	253	広島県	福山市	福山城三之丸西御門櫓台跡	ふくやまじょうさんのまるにしごもんやぐらだいあと	""	""	市指定史跡	その他	三之丸町	""	""	""	""	""	""		""	""	""	26388	""			""	""	""	""	""	"内堀と外堀との間は三之丸とよばれ，主として重臣の屋敷に当てられた。古地図によると，三之丸西側中央に西御門があり，その南側に内桝形，さらにその南側に出桝形が接する。現存する櫓台跡は出桝形の石垣で，東西11.5m，南北12.6mの長方形を呈し，さらに北東側に巾4.6m，長さ7.2mの石垣がつく。この遺跡は，築城当時の城郭の配置，規模を知る上で貴重な遺跡である。
現在，広島県立歴史博物館の南側，鉄道高架下に残るこの櫓台は，昭和46年（1971年）新幹線工事にともなう発掘調査後，原位置に保存されたものである。
なお，この櫓台跡に連なる三之丸西外堀の石垣跡が，市営三之丸駐車場南西隅に現存する。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64171.html	""
254	342076	254	広島県	福山市	福山城三之丸北御門外桝石塁跡	ふくやまじょうさんのまるきたごもんそとますせきるいあと	""	""	市指定史跡	その他	丸之内一丁目	""	""	""	""	""	""		""	""	""	26754	""			""	""	""	""	""	"福山初代藩主水野勝成は短期間に，しかも10万石には過大と思われる城郭を完成させた。しかし幕府としては堅固すぎて，もしこの城内にたてこもられた場合を考慮して，城北の防護は自然地形を利用し，簡略に造成させた。そのため北御門は三之丸北東に設けられた。
この遺跡は，北御門東側に接する外桝形の石垣で，三之丸西御門櫓台跡と同様，城郭の配置，規模を知る上で重要な遺跡である。なお，この石塁跡の南に物見櫓台跡，三之丸東外堀石垣跡（福山駅北口市営駐車場）と連なり現存する。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64172.html	""
255	342076	255	広島県	福山市	福山城跡小丸山	ふくやまじょうあとこまるやま	""	""	市指定史跡	その他	丸之内一丁目	""	""	""	""	""	""		""	""	""	26808	""			""	""	""	""	""	"福山城は，戦国の要害堅固な城として作られたものでなく，江戸時代の平和時に入ってからの築城であるため，一国の政庁としての要素を多分にもつ城である。したがって東，南，西は二重の堀をめぐらすが，城背（北側）には搦手の人工的な防護策はなく，小丸山を中核として，沼地と芦田川の流水を巧みに利用した。したがって，この丘は天然の城塞として，いわば北側三の丸の櫓に相当し，当時の縄張りを知る上で重要な遺跡である。
また，この丘陵一帯は，慶応4年（1868年）長州軍による福山城攻撃の戦場跡でもある。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64173.html	""
256	342076	256	広島県	福山市	長波古墳	おさばこふん	""	""	市指定史跡	その他	今津町字長波	""	""	""	""	""	""		""	""	""	27102	""			""	""	""	""	""	"松永湾を望む丘陵の先端に築かれた古墳の一つで，直径14m，高さ3mの円墳である。内部主体は横穴式石室と思われるが，羨道部の構造が明らかでない。側壁は50～60cmの石を天井部に近づくにしたがい狭くなるように持ち送りながら積み上げている。内部に土砂が流れ込んでいるので正確な規模は不明だが，現状で長さ4m，幅2mを測る。
出土遺物，石室構造等不明な点が多いため築造年代の推定は難しいが，構築技法から判断して古式の横穴式石室の一つと考えられる。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64175.html	""
257	342076	257	広島県	福山市	永松古墳	ながまつこふん	""	""	市指定史跡	その他	東村町字永松	""	""	""	""	""	""		""	""	""	27102	""			""	""	""	""	""	"松永湾北側の丘陵には馬場向古墳群（尾道市），鳥越古墳群，高岩古墳群，戸田古墳，永松古墳等数多くの古墳が築かれている。この永松古墳は西斜面に築かれた後期古墳で，直径約10mの円墳と思われる。内部主体は北西に開口する無袖の横穴式石室で，平面形は胴張形を呈する。天井石が一段下がり玄室と羨道を区別することができる。玄室長3.5m，羨道長2.7m，幅2m前後，高さ1.9mを測る。
出土遺物は知られていない。 
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64174.html	""
258	342076	258	広島県	福山市	鞆城跡	ともじょうあと	""	""	市指定史跡	その他	鞆町後地	""	""	""	""	""	""		""	""	""	27954	""			""	""	""	""	""	"この城跡は港を見下す要害の地にあり，しかも町の中央に位置する孤丘で格好の地理的条件を具えている。
起源については明らかでないが，村上水軍がこの地に城を築いたと考えられている。また毛利氏が将軍足利義昭を鞆に迎えた時は城が存在していたものと思われる。
この城が現在のような形にととのえられるのは，慶長5年（1600年）安芸・備後の領主となった福島正則が，重臣大崎玄蕃を配し三層の天守を築いて城郭をととのえたことによる。
元和元年（1615年）一国一城令により築きかけた天守は三原城へ移し，福島正則の後をうけて入封した水野勝成は長子勝俊の居館をここに置いた。勝俊が福山藩主となって以来は，ここに町奉行所が置かれ明治維新まで鞆の管理がなされた。
現在は本丸（東側最高所にあり，約2,500平方メートルの郭），二之丸（本丸西側に接する約1,200平方メートルの郭）の一部と石垣等を残すのみとなっているが，かつては北部に三之丸があり，ここに町奉行所が置かれていた。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64176.html	""
259	342076	259	広島県	福山市	今津本陣跡	いまづほんじんあと	""	""	市指定史跡	その他	今津町字町	""	""	""	""	""	""		""	""	""	28758	""			""	""	""	""	""	"幕藩体制の確立とともに全国的な公道整備が行われた。福山地方においても旧山陽道を南よりの道にかえた西国街道や石州街道の整備がなされた。それにともなう宿駅の整備として，水野領内では西国街道に東から高屋宿，神辺宿，今津宿，石州街道に福山を起点として府中市宿，上下宿の5ヶ所が設けられた。
その中の今津宿に設けられた本陣は，備後領内としては神辺と共にただ2ヶ所の本陣跡である。設置時期は今津宿が設けられた慶長7年（1602年）頃といわれ，代々庄屋職をつとめた河本家によって世襲された。幕末には，戸数300戸以上，商家軒を連ねて一筋町をなし，駅馬5頭を備えて，本陣を中心に大へんにぎわった。
明治4年（1871年），百姓一揆の際焼き討ちにあい主要建造物は焼失したが，表門，塀などは旧規をとどめ，当時の面影を残している。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64177.html	""
260	342076	260	広島県	福山市	松永上之町共同井戸	まつながかみのちょうきょうどういど	""	""	市指定史跡	その他	松永町上之町	""	""	""	""	""	""		""	""	""	29627	""			""	""	""	""	""	"江戸時代のはじめ，本庄重政により松永湾の干拓が開始され，寛文7年（1667年）には塩田48浜が成立したといわれている。こうして新涯地としての松永が成立し，人々は東部の山裾の旧松永湾ぞい（現上之町，中之町，下之町）を中心に居住した。地中に塩分を含むことから，水筋のよいこの地に井戸を掘削し，共同利用した。
この共同井戸はこうした背景のもとに掘られたものである。花崗岩の石積による大型の胴張円形井戸（径4.2m，深さ4.9m）で，井戸側は長石上に断面台形状の井桁（高さ14cm，長さ160cm，花崗岩）をもちいている。
長い間松永の人々にとってかかわりの深い共同利用の井戸として親しまれている。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64178.html	""
261	342076	261	広島県	福山市	中谷廃寺跡	なかたにはいじあと	""	""	市指定史跡	その他	神辺町道上　福山市立道上小学校校庭	""	""	""	""	""	""		""	""	""	30877	""			""	""	""	""	""	"中谷廃寺跡は，奈良時代前期に創建され，平安時代後半まで存続した古代寺院跡である。昭和53年（1978年）の発掘調査により，一辺11.7ｍの塔跡，ならびに東西21.1ｍの講堂跡と考えられる2棟の建物基壇，寺域を区画する溝などが検出され，いわゆる法隆寺式伽藍配置を持つ寺院跡であったことが想定されている。なお，中心伽藍の西側一帯（現グランド）には同時代の関連遺構が広がっている。この地域への初期仏教文化の伝播を知る上で貴重な遺跡である。   
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64266.html	""
262	342076	262	広島県	福山市	椋山城跡	むくやまじょうあと	""	""	市指定史跡	その他	駅家町助元	""	""	""	""	""	""		""	""	""	32318	""			""	""	""	""	""	"この山城は，標高170mの椋山の山頂を本丸とし，北・西・南・南東に延びる15の郭と4本の空掘で構成された中世の山城である。小規模であるが各郭の保存状況は良く，福山地方の代表的な山城の一つである。
本丸一帯より採集した土師質土器，青磁破片，古銭（天聖元宝）などは，室町時代後半のものである。
椋山城の歴史については，この城が服部を領した桑原氏の本城であったことは『西備名区』，『福山志料』，『備後古城記』などに書かれているが，築城の時期については，詳しいことは不明である。石垣は残存しておらず，築城当初から構築しなかったものと思われる。
天文10年（1541年）大内義隆が出雲へ出発の時，桑原越中守通兼が従軍し，服部へ帰陣したことが諸書に記されており，「平川家文書」（『岡山県古文書集』第3所収）の天文10年2月2日付の実信感状により，この城がこの地方の一勢力の拠点であったことがわかる。
これらの史料により，天文年間にこの城がもっとも栄え，山城としての整備もなされたものと推察できる。
その後，桑原氏は毛利家の家臣として働き，中世の末（天正頃）この城は廃城となっている。

"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64179.html	""
263	342076	263	広島県	福山市	窪田次郎生家	くぼたじろうせいかあと	""	""	市指定史跡	その他	加茂町粟根	""	""	""	""	""	""		""	""	""	34877	""			""	""	""	""	""	"本遺構（指定地2537.98平方メートル）は，庭園や土塀・石垣・土蔵を中心に代々栄えた庄屋屋敷の面影を残しており，一角に市天然記念物の｢粟根のエノキ」がある。明治前期の地方にあって，偉大で先駆的な啓蒙思想家，医療衛生活動家である窪田次郎をしのぶに相応しい生家跡である。
また，庭園には多くの庭石が配列され，本宅跡には礎石も一部残存しており，保存状態も比較的良好である。"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64092.html	""
264	342076	264	広島県	福山市	坪生滑池窯跡	つぼうなめらいけかまあと	""	""	市指定史跡	その他	坪生町字滑	""	""	""	""	""	""		""	""	""	35642	""			""	""	""	""	""	"滑池池畔を北西に延びる西斜面に，2基の窯跡が確認されており，出土する須恵器片から奈良・平安時代の操業が考えられる。
窯体の形状・規模等は未調査のため，明らかでないが，この地域一帯（岡山県笠岡市北西部を含む）に所在する窯跡の一つとして，470平方メートルの指定地を芝付保護している。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64180.html	""
265	342076	265	広島県	福山市	常権現1号古墳	つねごんげんいちごうこふん	""	""	市指定史跡	その他	新市町常	""	""	""	""	""	""		""	""	""	37893	""			""	""	""	""	""	"13基からなる権現古墳群中で盟主的な最大規模の古墳である。石室の側壁は大型の石材を二段に積み，その上に小型の石材を二段積む手法 で東西両壁が統一され，垂直に近い状態で立ち上がっており，全体として整然とした造りとなっている。
また，墳丘背後には斜面を掘りこんだ周溝状の地形も観察できる。この地域における6世紀後半の典型的な古墳と考えられる。"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64219.html	""
266	342076	266	広島県	福山市	大原石塔群	おおばらせきとうぐん	""	""	市指定史跡	その他	山野町　山野	""	""	""	""	""	""		""	""	""	41120	""			""	""	""	""	""	"前庭を含む108平方メートルの墓域内に，42基の五輪塔や24基の宝篋印塔及び残欠を持つ石塔群。塔身に残存する刻字から，近接する戸屋ヶ丸城跡などの中世城館や，この地方で活躍した中世武士団との関係が考察されている。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64195.html	""
267	342076	267	広島県	福山市	阿部正方墓域	あべまさかたぼいき	""	""	市指定史跡	その他	福山市北本庄	""	""	""	""	""	""		""	""	""	43056	""			""	""	""	""	""	"福山藩阿部氏第九代藩主であった阿部正方の墓域。正方は，文久元年（1861年），14歳で福山藩主となり，尊皇攘夷の論議が国内に沸騰している中，文久三年（1863年）攘夷決行の命が下ると大任を拝して京都警護にあたり，国を二分する政争の渦中にあって宮中と幕府の間の調整にあたった。
元治元年（1864年），幕府の命により福山藩は譜代大名として二度にわたる長州藩追討に向かったが，正方は悪しくもこの遠征中に脚気を患い，慶応三年（1867年）11月，戊辰戦争の前哨戦として長州軍が福山城に迫ろうとした時，病が篤くなり福山城内で死去した。騒動の最中であったため，遺体は一時小丸山の麓に仮埋葬されたが，明治三年（1870年）になって現在地（通称，小坂山）へ正式に埋葬された。
福山藩主として十代続いた阿部家は，幕府の重役として代々江戸詰めが多かったことから他の藩主の墓は全て江戸にあるが，幕末の混乱の中で亡くなった正方の墓は，唯一福山藩領内に造営された。墓は円筒形の神式墓で，側面に亀甲形の切石を精巧に貼り付け，上部を玉石で覆って土饅頭形にした特異な形態をしている。

"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/108351.html	""
268	342076	268	広島県	福山市	鞆公園	ともこうえん	""	""	国指定名勝	その他	鞆町後地仙酔島，皇后島，玉津島，百貫島，つつじ島，津軽島，沼隈町大字能登原，阿伏兎	""	""	""	""	""	""		""	""	""	9413	""			""	""	""	""	""	"沼隈半島の南東，鞆から阿伏兎岬に至る鞆断層崖東側には，仙酔島をはじめ，つつじ島・皇后島・弁天島・玉津島・津軽島などの大小の島々が散在している。この地は，瀬戸内海の中でもとりわけ美しく，江戸時代，鞆に寄泊した朝鮮通信使・李邦彦をして「日東第一形勝」と賞賛させている。島々はアカマツとウバメガシに覆われ，海食崖には海食洞・仙酔層と岩脈（いずれも県天記）が見られ，これを探索する遊歩道も付けられている。
沼隈半島の南端は，けわしい海食崖となり，阿伏兎岬（沼隈郡沼隈町）の奇勝を生み，岬の突端の磐台寺観音堂（重文）は，海上交通の人々の信仰をあつめている。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64091.html	""
269	342076	269	広島県	福山市	龍頭峡	りゅうずきょう	""	""	県指定史跡	その他	山野町大字山野	""	""	""	""	""	""		""	""	""	19750	""			""	""	""	""	""	"この峡谷は日本有数の準平原である吉備高原の縁部を深く刻む浸食谷で，特に龍頭の滝およびその下流の峡谷は，最も典形的なＶ字谷として知られている。
谷の奥部には四段の滝・龍頭の滝（落差57m）がかかり，下流には小瀑・早瀬・淵が続き，美観を呈している。これらの地形は，この一帯が千枚岩質の粘板岩を基盤に，頁【けつ】岩・砂岩・赤色凝灰岩をはさみ，その上を流紋岩で覆う地質構成となり，硬い流紋岩がはがれ，柔らかい粘板岩がしだいに浸食されてできたものである。
さらにこの景観に光彩をそえるのが天然林で，常緑広葉樹の優生な林相は原始林的様相を呈し，分布上珍しい植物も多く自生している。また動物相も豊かで，多くの鳥禽類が生息し，しばしば野猿も出没する。"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64181.html	""
270	342076	270	広島県	福山市	竹田のゲンジボタル及びその発生地	たけだのげんじぼたるおよびそのはっせいち	""	""	県指定天然記念物	その他	神辺町下竹田	""	""	""	""	""	""		""	""	""	21398	""			""	""	""	""	""	"下竹田の狭間川流域のゲンジボタルは，竹田ボタルと呼ばれ，菅茶山の『福山志料』などに記されている。毎年5月中旬から6月中旬にかけて飛乱する。当地の人の話によれば，ゲンジボタルの最盛期にはその乱れ飛ぶホタル合戦のさまは実に壮観で，通行人の顔にあたるほどである。河川の改修，農薬の散布，汚水汚濁などによって減少した。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64267.html	""
271	342076	271	広島県	福山市	福泉寺のカヤ	ふくせんじのかや	""	""	県指定天然記念物	その他	山野町　福泉寺	""	""	""	""	""	""		""	""	""	19652	""			""	""	""	""	""	"蚊遣【かや】り火の材料として用いられたことからカヤという名が出たともいわれ，特有の香気があり，またその材は碁盤等に利用されている。秋田県・岩手県以南に自生するイチイ科の常緑針葉高木で，植栽される場合も少なくない。
福泉寺のカヤは主幹がほとんどまっすぐで，地上約9m付近で小枝を分ち，目通り周囲3.4m，樹高約26mの巨木であった。しかし平成4年（1992）落雷のため主幹上部12mを折損し，その下部にも亀裂が入り，樹勢もやや衰えた。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64089.html	""
272	342076	272	広島県	福山市	安国寺のソテツ	あんこくじのそてつ	""	""	県指定天然記念物	その他	鞆町後地　安国寺	""	""	""	""	""	""		""	""	""	22389	""			""	""	""	""	""	"ソテツは九州南部から琉球列島に分布する常緑の裸子植物であるが、関東以西の各地で植栽され巨大な株に生長している名木・大木も少なくない。
安国寺のソテツは安国寺釈迦堂（重文）の背後にある枯山水の庭園内にあり、2株となっている。根廻りは5.65mと5.45m、樹高約9mで、県内有数の大木で庭に風情をそえていたが、白蟻と台風の被害を受けて倒れ、現在その根株から新しい葉茎が伸び、昔日の面影をわずかにとどめている。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64087.html	""
273	342076	273	広島県	福山市	常国寺のケヤキ	じょうこくじのけやき	""	""	市指定天然記念物	その他	熊野町　常国寺	""	""	""	""	""	""		""	""	""	22736	""			""	""	""	""	""	"ケヤキは本州・四国・九州の山野に広く自生するニレ科落葉高木で，その材は堅く，みごとな木目を現わすため古くから家具や，建築用材等に用いられている。
常国寺のケヤキは，市内ではめずらしい巨木で目通り周囲4m，樹高約30mのものを最大とし，これに準じる大きさのものが2本ある。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64083.html	""
274	342076	274	広島県	福山市	箕島のラカンマキ	みのしまのらかんまき	""	""	市指定天然記念物	その他	箕島町	""	""	""	""	""	""		""	""	""	22736	""			""	""	""	""	""	"ラカンマキはイヌマキの変種とされ，わが国では本州中部・九州南部・琉球に自生する。雌雄異株の常緑高木で，広く生垣などに植栽されている。
箕島のラカンマキは，目通り周囲3.3m，樹高約18mの巨木で，地上3.5m付近で3本に分岐しその内の1本はほとんど枯死している。しかし樹勢は旺盛で推定樹令400年といわれ，付近の人々の目じるしとしても親しまれてきた。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64086.html	""
275	342076	275	広島県	福山市	宇山のエヒメアヤメ及びその自生地	うやまのえひめあやめおよびそのじせいち	""	""	市指定天然記念物	その他	春日町大字宇山	""	""	""	""	""	""		""	""	""	24196	""			""	""	""	""	""	"エヒメアヤメは毎年4月下旬10cm内外の花軸に普通1花を，時に2～3花を付け，スミレ色の花を咲かせる。本種は元来朝鮮半島及び中国東北部系の植物で，日本では明治30年愛媛県腰折山で最初に発見され，その地に因んでエヒメアヤメと呼ばれるようになった。その後佐賀・大分・山口・広島の各県に生育していることがわかり，昭和10年（1935年）12月三原市沼田西が自生地として国の天然記念物指定となっている。
春日町宇山のものは，すでに江戸時代に編集された郷土史誌『西備名区』に「誰故草【たれゆえそう】」の名で記載されており，しかも沼田西よりさらに東にあたるため学術上きわめて貴重な存在といえる。
この植物が上記の分布を示すことから，日本とアジア大陸が陸続きであったことを推論する根拠ともなりうる。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64082.html	""
276	342076	276	広島県	福山市	大田神社の大クスノキ	おおたじんじゃのおおくすのき	""	""	市指定天然記念物	その他	藤江町　大田神社	""	""	""	""	""	""		""	""	""	24927	""			""	""	""	""	""	"クスノキは関東以西の暖地に多く分布し，樹令長く，大高木となる常緑広葉樹である。
大田神社の大クスノキは，根廻り9.5mで，幹は根元で大きく2分し，一方は地上1mで二又となり，他方は地上1.2mで3本に分岐し，その内1本はさらに2分，計6本となっている。その幹のうち最大のものは胸高周囲5.6mを測り，枝張りは東西30m，南北29m，樹高約23m，樹勢旺盛で社殿と境内の大部分をおおう。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64080.html	""
277	342076	277	広島県	福山市	金江の大ムロノキ	かなえのおおむろのき	""	""	市指定天然記念物	その他	金江町大字金見	""	""	""	""	""	""		""	""	""	24927	""			""	""	""	""	""	"ムロノキは別名ネズ・ムロ・モロギともいい関東以西の海岸に分布し，特に山陽地方に多いが，小高木で目通り周囲1m，樹高3m以内のものが殆んどである。
金江の大ムロノキは，主幹は枯れているが，根元より出た側枝が旺盛な樹勢をみせている。主幹の目通り周囲は4.3mあり，側枝でも目通り周囲1.7m，樹高約8mを測る。この木は枯死しても腐敗しにくいため枯れた主幹も倒れず残っており，これを除いても，当地方有数の巨木である。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64081.html	""
278	342076	278	広島県	福山市	神村のクスドイゲ	かむらのくすどいげ	""	""	市指定天然記念物	その他	神村町字羽原	""	""	""	""	""	""		""	""	""	24927	""			""	""	""	""	""	"クスドイゲは近畿以西の海岸地域に自生する雌雄異株の常緑低木で時には庭木として植栽されている。
神村のクスドイゲは，荒神社境内にあり，かつては2本あったが，近年1本が枯死した。目通り周囲1.2m，樹高約5.5m，樹令約300年といわれている。このような高木状となるのはこの樹種としてはきわめて珍しい。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64078.html	""
279	342076	279	広島県	福山市	高諸神社のハク（柏）	たかもろじんじゃのはく	""	""	市指定天然記念物	その他	今津町字西	""	""	""	""	""	""		""	""	""	24927	""			""	""	""	""	""	"ハクは別名イブキ，イブキビャクシンともいわれ，宮城県以南の海岸地方に多く自生する。庭園樹としても広く植栽されているが，大きいものは極めて稀である。
高諸神社のハクは社殿西南側の岩盤上に自生し，目通り周囲3.7mで，地上2mで分岐し樹高約10mであり，県内有数の巨木である。またこのハクは針葉がきわめて多く，栄養などの影響も考えられるが，あるいは針葉の多い園芸品種タチビャクシンの祖先の系統が混ざっているものとも解され，学術上からも興味ある樹木である。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64079.html	""
280	342076	280	広島県	福山市	常国寺のモッコク	じょうこくじのもっこく	""	""	市指定天然記念物	その他	熊野町　常国寺	""	""	""	""	""	""		""	""	""	25658	""			""	""	""	""	""	"モッコクは関東以西の暖地に自生するツバキ科の常緑広葉樹であり，庭園樹としてよく植栽されている。
常国寺のモッコクは，周囲の状況からして自生と判断され，根廻り2.19m，地上1.3mで2本に分岐し，目通り周囲は大1.86m，小0.63m，樹高約14mを測り，樹勢も旺盛であり，県内屈指の巨木である。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64077.html	""
281	342076	281	広島県	福山市	津之郷の食虫植物及びその自生地	つのごうのしょくちゅうしょくぶつおよびそのじせいち	""	""	市指定天然記念物	その他	津之郷町大字加屋	""	""	""	""	""	""		""	""	""	26754	""			""	""	""	""	""	"食虫植物は葉が特殊な形に変化し，昆虫などを捕食し，これを消化して栄養を補う植物で，わが国では2科8属20余種が自生している。
津之郷町の場合，標高100m程の谷間約10haに5種が自生している。アカマツ林内の開けた湿地にモウセンゴケ・ミミカキグサ・ムラサキミミカキグサが自生し，少し乾燥した場所にイシモチソウが生育している。タヌキモは池内および池より流れる小川に見られる。
自然の植物，特に食虫植物は環境変化の影響を受けやすく，しかも湿原の少ない山陽地方沿岸部の都市近郊で，規模は小さいながらも5種の食虫植物が群生していることは大変めずらしく，学術的にも貴重である。なおこの地域にはこの他湿地植物のカモノハシ・ミズゴケ・コケオトギリやサギソウ・トキソウ・ノハナショウブなどの珍しい植物やハッチョウトンボの生息も確認されている。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64185.html	""
282	342076	282	広島県	福山市	本安寺のフジ	ほんなんじのふじ	""	""	市指定天然記念物	その他	芦田町　本安寺	""	""	""	""	""	""		""	""	""	27535	""			""	""	""	""	""	"フジはマメ科に属し，本州西部及び四国・九州に自生している。
本安寺のフジは，約1平方メートルの範囲に大きな茎が5本出，最大のものは根廻り40cmである。高さ3mの棚づくりとし，枝張りは約35平方メートルにおよぶ。花は藤色で房が長く，年によっては2mに達することもある。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64186.html	""
283	342076	283	広島県	福山市	賀茂神社のケヤキ	かもじんじゃのけやき	""	""	市指定天然記念物	その他	加茂町　賀茂神社	""	""	""	""	""	""		""	""	""	27932	""			""	""	""	""	""	"ケヤキはニレ科の落葉高木、広く山野に自生している。
賀茂神社のケヤキは、根廻り3.7m、樹高約21mで地上6mで5本に枝分かれし，枝張りは東西13.5m，南北12mで，樹令450年といわれている。「常国寺のケヤキ」（市天記）に次ぐ巨木である。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64187.html	""
284	342076	284	広島県	福山市	菅町のシダレザクラ	すがまちのしだれざくら	""	""	市指定天然記念物	その他	加茂町　北山	""	""	""	""	""	""		""	""	""	27932	""			""	""	""	""	""	"シダレザクラはバラ科の落葉高木で，エドヒガンの一変種。古くから社寺の境内や庭園に観賞用として植栽されている。
菅町のシダレザクラは目通り周囲2.4m，樹高約12mで樹令250年と推定されている。地上3m付近で幹は2分岐し，上方はさらに枝分かれし，枝張り東西16m，南北18mを測る。花は小さく濃紅色で隔年にみごとな花をつける。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64076.html	""
285	342076	285	広島県	福山市	東免のヒイラギ	ひがしのめんのひいらぎ	""	""	市指定天然記念物	その他	山野町大字山野	""	""	""	""	""	""		""	""	""	27932	""			""	""	""	""	""	"ヒイラギはモクセイ科の常緑高木で，関東以西の山地に自生している。
東免のヒイラギは周囲が畑となった南向きの斜面にあり，根廻り2.7m，胸高周囲2.6m，地上1.4m付近で幹が2分し，さらに上部で枝分かれし，枝張り東西10.3m，南北10mで，樹高約10mに達する。
老樹のため幹の一部に空洞がみられる。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64188.html	""
286	342076	286	広島県	福山市	神辺城跡のアベマキ	かんなべじょうあとのあべまき	""	""	市指定天然記念物	その他	神辺町川北	""	""	""	""	""	""		""	""	""	32070	""			""	""	""	""	""	"アベマキ（ブナ科）は，中国地方の乾燥した山地に広く分布するが，中国山地の高いところには見られない。落葉高木で大木になり，幹は直立し分枝する。樹皮は灰褐色で，厚く凹凸があるコルク層は，縦に不規則に割れる。
自生も多いが，かつては樹皮からコルクを採取するため，山中に種子を散布し栽植された。現在はシイタケ栽培のほだ木として利用されている。
「神辺城跡のアベマキ」は，神辺城跡のある黄葉山の山頂に生育しており，胸高周囲2.8ｍ，樹高約30ｍと記されている。現在樹勢は非常に旺盛である。「神辺城跡のアベマキ」は神辺城跡の山頂近くで風雪に耐え，独特な樹形を示して高くそびえ，山頂から麓一帯を見下ろす位置にある。そして遠く神辺平野からもその存在が望まれ，特異な景観を醸成している。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64270.html	""
287	342076	287	広島県	福山市	友定のナツメ	ともさだのなつめ	""	""	市指定天然記念物	その他	神辺町三谷　個人所有	""	""	""	""	""	""		""	""	""	32070	""			""	""	""	""	""	"ナツメ（クロウメモドキ科）は中国北部原産の落葉高木で，高さは10ｍにもなる。古く日本に持ち込まれ，実を食べるため庭に植えられる。樹皮は灰黒色で縦にはげ，若枝には時に刺がある。
「友定のナツメ」は民家の庭にあり，胸高周囲1.9ｍ，樹高約8.0ｍである。5～6本の主な枝からは小枝が数多く分岐し伸びているが，幹の下部に空洞が生じている。
ナツメの巨樹・老木には，広島県大崎上島町の「中野のナツメ」（旧大崎町天然記念物，幹周り1.25ｍ，樹高不詳），岡山県笠岡市篠坂の「篠坂のナツメ」（目通り周囲1.6ｍ，樹高8.8ｍ）などがある。「友定のナツメ」は古木になり，樹勢に衰えが感じられるが，巨樹・老木としての文化財的価値は現在もなお高い。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64268.html	""
288	342076	288	広島県	福山市	早田荒神社のムクノキ	はやたこうじんじゃのむくのき	""	""	市指定天然記念物	その他	神辺町川南　早田荒神社境内	""	""	""	""	""	""		""	""	""	32070	""			""	""	""	""	""	"ムクノキ（ニレ科）は落葉高木で，人家付近，道路わきによく植えられる。瀬戸内沿岸部の山中にも分布するが，内陸部や自然度の高い森林には少ない。神社の境内などにはしばしば大木がある。樹皮は褐色がかった灰色で，平滑であるが老齢になるにつれて鱗片状にはがれる。
このムクノキは，早田荒神社の裏手で高屋川の堤防にあり，胸高周囲4.9ｍ樹高約30ｍである。現在樹勢はすこぶる旺盛で，枝や葉はよく茂りこんもりした樹冠を形作っている。
胸高幹囲，樹高は県内有数の巨樹である。更にこのムクノキは，高屋川堤防のシンボルとして景観の維持に大きく係わっている。  
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64269.html	""
289	342076	289	広島県	福山市	名越のアベマキ	なごえのあべまき	""	""	市指定天然記念物	その他	神辺町平野　個人所有	""	""	""	""	""	""		""	""	""	33473	""			""	""	""	""	""	"「名越のアベマキ」は，神辺町平野名越の民家の近くの山中に現存し，胸高周囲4.0ｍ，樹高約20ｍである。樹勢はすこぶる旺盛であるが，惜しくも主幹に折損を生じ，損傷部を切除してある。このため胸高幹囲に比し，樹高は低くなっているが枝張りは非常によい。
このアベマキは，県下有数の巨樹である。主幹の上部が切断されてはいるが，アベマキ全体の樹高はかなり高く，枝張りもよく，旺盛な樹勢を示している。またこのアベマキは，近隣地域住民に愛着を持って親しまれている。  "	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64271.html	""
290	342076	290	広島県	福山市	光明寺のゴヨウマツ	こうみょうじのごようまつ	""	""	市指定天然記念物	その他	山野町　光明寺境内	""	""	""	""	""	""		""	""	""	35642	""			""	""	""	""	""	日本の山地に自生する常緑針葉高木で、神社、仏閣、公園などに植樹され、また盆栽として栽培されているものが多い。	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64197.html	""
291	342076	291	広島県	福山市	高山のカゴノキ	たかやまのかごのき	""	""	市指定天然記念物	その他	駅家町大字服部永谷	""	""	""	""	""	""		""	""	""	37099	""			""	""	""	""	""	"カゴノキはクスノキ科の雌雄異種の常緑高木で，樹皮が灰黒色となり，まだらに剥がれて白い鹿の子模様になる特徴がある。わが国では本州（茨城県・石川県以西）・四国・九州に分布し，広島県では島嶼部から沿岸部に多いが内陸部にも育成する。巨樹はめずらしい。
高山のカゴノキは，地上2.3m付近で二つの幹が分かれ，北側の幹は，その上方90cm付近で，回り1.3mと2.2mの側枝に別れ，一方はその上方1.8m付近で三叉し，他方はその上方1.7m付近で二叉し，地上5m付近の側枝は２本欠けている。両主幹ともこれからの上方でさらに枝分かれして，全体としてこんもりした樹幹を形成している。樹勢は旺盛である。"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64074.html	""
292	342076	292	広島県	福山市	上原谷石灰岩巨大礫	かみはらだにせっかいがんきょだいれき	""	""	県指定天然記念物	その他	山野町大字山野	""	""	""	""	""	""		""	""	""	18199	""			""	""	""	""	""	"上原谷の石灰岩巨大礫は，赤色の凝灰岩質で固められた石灰岩の礫岩層（硯石層群）の上に驚異に値する巨大な石灰岩礫（高さ30m・幅33m・奥行推定35m以上）があり，巨大礫の下部は洞くつとなり天井から鍾乳石が垂れ，その直下には石筍が成長している。この巨大礫のまわりは下部同様硯石層群となっている。
したがって，この巨大礫は硯石層群の中の一つの礫とみることができる。こうした巨大礫の成因は中生代白亜紀中期，内陸盆地に硯石層群の堆積が続いたころ，上方（山野町原谷穴迫【あなざこ】付近と推定される）の石灰岩体の一部が離脱して転落し，硯石層群の中に入ったものと考えられ，今さらながら地殻変動の大きさに驚かされる。
なお巨大礫下のほら穴は，式内社多祁伊奈太岐佐耶布都【たけいなだきさやふつ】神社（岩屋権現ともいう）が祀られ，原始信仰の名残をとどめている。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64183.html	""
293	342076	293	広島県	福山市	矢川のクリッペ	やがわのくりっぺ	""	""	県指定天然記念物	その他	山野町大字矢川	""	""	""	""	""	""		""	""	""	18199	""			""	""	""	""	""	"クリッペ（klippe）とは、横移地塊とか根無し地塊ともいわれ、衝上断層により押し出された岩体がずり動いて別の岩体の上にのり、その後の浸食によってつながりが切られ、基盤岩体とは違った岩体が孤立している地形をいう。
矢川のクリッペの場合は荒神山（比高170m）の山頂部の石灰岩塊がそのクリッペである。ここでは上部の石灰岩塊の地層傾斜と基盤の古生層粘板岩の地層傾斜とがちがうこと、石灰岩塊直下の粘板岩がくだかれ、角礫岩となり、しかも石灰岩体のつながりが切りはなされ根無し地塊となっていることなどから、北方から加わった圧力により石灰岩体が移動し、クリッペが形成されたと考えられる。移動の時期は古生代二畳紀後、中生代三畳紀前と考えられ、西南日本に起こった大造山運動によるものと推定されている。
なお、クリッペはこの付近にかなり存在するが、矢川の場合のように明瞭なものは稀である。 

"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64182.html	""
294	342076	294	広島県	福山市	仙酔島の海食洞	せんすいじまのかいしょくどう	""	""	県指定天然記念物	その他	鞆町後地	""	""	""	""	""	""		""	""	""	24377	""			""	""	""	""	""	"海食洞は波浪の浸食作用によってできたもので，岩石海岸では普通みられる地形である。
仙酔島の海食洞は，現在大小あわせ約200個に達し，その中のいくつかは洞門を形成している。この島の海食洞の多くは現海面最高潮位より2m～3m高い位置に見られる。このことは，有史以前にこれらの海食洞が形成され，その後の海退により水位が低下したか，地盤が隆起したことによるものと考えられ，地球の一変動過程を示す証拠として貴重なものである。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64184.html	""
295	342076	295	広島県	福山市	仙酔層と岩脈	せんすいそうとがんみゃく	""	""	県指定天然記念物	その他	鞆町後地	""	""	""	""	""	""		""	""	""	24377	""			""	""	""	""	""	"仙酔島の地質は主として中生代白亜紀（今から1億数千万年前）に噴出した流紋岩および凝灰岩により構成され、これらを仙酔岩体とよんでいる。
この岩体を基盤に厚さ15mにわたって頁【けつ】岩・凝灰岩質砂岩・礫質砂岩などの互層による堆積岩（仙酔層）がみられ、その上部は再び仙酔岩体となっている。このことは、火山活動により、仙酔岩体が形成される過程で、一時期その活動休止期があり、この時堆積した仙酔層が互層となって現在観察できることを示している。
また島内には、ひん岩・流紋岩・スペサルト岩などの貫入した岩脈もみることができる。これらの露頭は仙酔島の生いたちを知る有力な手がかりとなっている。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64084.html	""
296	342076	296	広島県	福山市	福山衝上断層 奈良津露頭・蔵王城山露頭	ふくやましょうじょうだんそう	""	""	県指定天然記念物	その他	奈良津町三丁目，蔵王町	""	""	""	""	""	""		""	""	""	25321	""			""	""	""	""	""	"福山衝上断層は，福山市木之庄町からはじまり東へ奈良津町・蔵王町城山を経て岡山県笠岡市篠坂に至る全長14kmにおよぶ。
この断層は古生層や花崗岩類などの基盤の岩体がその上に堆積した新第三紀層の砂礫層などの新しい地層の上へのり上げたいわゆる逆断層で，特に奈良津と蔵王城山露頭においてその状況がよく観察できる。
この断層を形成した地殻変動の時期は第四紀更新世以降と考えられ，国指定の船佐・山内逆断層（高田郡・三次市）や美作衝上断層（岡山県津山市）と共に中国山地の隆起・瀬戸内海や西南日本の地殻構造及び変動を総合的に把えるのにきわめて貴重な資料である。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64085.html	""
297	342076	297	広島県	福山市	旧マルヤマ商店事務所	きゅうまるやましょうてんじむしょ	""	""	登録有形文化財	その他	松永町四丁目	""	""	""	""	""	""	1	棟	""	""	35419	""			""	""	""	""	""	"木造2階建，建築面積90平方メートル。
大正11年（1922年）完成の洋風建築。屋根は寄せ棟，桟瓦葺であるが，下から見ると陸屋根のように見える。外壁にはモルタル塗りの疑似石造りで，繊細な装飾をほどこしている。

　〔名称変更について〕（更新日2019年3月29日）
　旧名称：日本はきもの博物館コーヒーハウス（旧マルヤマ商店事務所）
　新名称：旧マルヤマ商店事務所

　〔名称変更の理由〕
　日本はきもの博物館の閉館による

"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64189.html	""
298	342076	298	広島県	福山市	福山市福寿会館	ふくやましふくじゅかいかん	""	""	登録有形文化財	その他	丸之内一丁目	""	""	""	""	""	""	1	棟	""	""	35626	""			""	""	""	""	""	"木造一部2階建，建築面積138平方メートル。
和風本館に付随した洋館。屋根は瓦葺き急勾配の切妻。外壁モルタル塗り。ヴェネチアルネサンス風の疑似窓装飾や柱の装飾など特徴的である。「鰹節王」といわれた安部和助氏が別荘として昭和初期に建築したものである。"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64190.html	""
299	342076	299	広島県	福山市	いろは丸展示館	いろはまるてんじかん	""	""	登録有形文化財	その他	鞆町鞆	""	""	""	""	""	""	1	棟	""	""	35676	""			""	""	""	""	""	"木造2階建，本瓦葺，建築面積211平方メートル。
鞆の船着場の正面に妻を見せて建つ土蔵。江戸末期（文化年間）の建築。妻の中央と両脇をなまこ壁とし，腰に下見を張り，窓の上に小庇をつけるなど，意匠がよく整い，ひときわ目立つ建物で，繁栄した鞆の往時を察知することができる。"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64191.html	""
300	342076	300	広島県	福山市	福山誠之館高等学校記念館	ふくやましせいしかんこうとうがっこうきねんかん	""	""	登録有形文化財	その他	木之庄町	""	""	""	""	""	""	1	棟	""	""	37176	""			""	""	""	""	""	"木造平屋建，入母屋造，桟瓦葺，建築面積73.4平方メートル。
この記念館は，安政2年（1855年）福山藩の藩校として西町道三口（現　霞町中央公園付近）に開校された時の玄関部分と昭和8年（1933年）三吉町（現　県合同庁舎敷地）に移築された時に増築された主屋とを組み合わせたものです。唐破風の玄関と入母屋造りの主屋が巧みに融合しており，当時の造形の規範となるものです。
この建物は，昭和44年（1969年）に現在地へ再度移されました。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64073.html	""
301	342076	301	広島県	福山市	内広砂留	うちひろすなどめ	""	""	登録有形文化財	その他	神辺町西中条字トウトウ谷	""	""	""	""	""	""		""	""	""	38932	""			""	""	""	""	""	"6番砂留の上流で，本川に合流する堂々川右支の上流部に位置する。両袖部は壁体を空石積，乱積，隅部を算木積とし，水通に対して前方に張り出す。上部は，谷積により段状に築く。近世に遡る石積堰堤として貴重である。江戸時代後期に作られ，明治期に増築している。  
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64109.html	""
302	342076	302	広島県	福山市	堂々川1番砂留	どうどうがわいちばんすなどめ	""	""	登録有形文化財	その他	神辺町湯野字トウトウ谷	""	""	""	""	""	""		""	""	""	38932	""			""	""	""	""	""	"芦田川水系堂々川に近世に建設された砂留の中で，最下流に位置する。当初築かれた堰堤の東袖部にあたる。大型の花崗岩を用いて空石積，布積で築いた石積壁体の上部に，割石を段状に積み上げる。近世にも遡る石積堰堤の遺構として貴重である。江戸時代後期のもので明治期に増築している。  
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64272.html	""
303	342076	303	広島県	福山市	堂々川2番砂留	どうどうがわにばんすなどめ	""	""	登録有形文化財	その他	神辺町湯野字迫山	""	""	""	""	""	""		""	""	""	38932	""			""	""	""	""	""	"1番砂留の約180ｍ上流に位置する。西袖部は，壁体に乱積，隅部を算木積とし，その東側は谷積壁体で水叩の機能を持つむくりつきの石積壁体を腹付けしている。異なる石積構法に，石積技術の時代的特色を示す。江戸時後期のもので，明治期に増築している。 
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64111.html	""
304	342076	304	広島県	福山市	堂々川3番砂留	どうどうがわさんばんすなどめ	""	""	登録有形文化財	その他	神辺町湯野字迫山	""	""	""	""	""	""		""	""	""	38932	""			""	""	""	""	""	2番砂留の約60ｍ上流に位置する。大型の花崗岩をほぼ6分の勾配で階段状に積み，その上部を布積の石垣で嵩上げする。緩やかなアーチ平面で地山に取り付き，外力の一部を端部まで伝える構造とする。江戸時代後期のもので，明治期に増築している。	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64273.html	""
305	342076	305	広島県	福山市	堂々川4番砂留	どうどうがわよばんすなどめ	""	""	登録有形文化財	その他	神辺町湯野字迫山	""	""	""	""	""	""		""	""	""	38932	""			""	""	""	""	""	3番砂留の約130ｍ上流に位置する。西袖部下部の乱積部分を除き，大正以降に築かれる。谷積の水通の前面にむくりつきの石積壁体を付け，左右の袖部を前方に張り出すなど強固なつくりとする。江戸時代後期のもので，大正時代前期に増改築している。	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64274.html	""
306	342076	306	広島県	福山市	堂々川5番砂留	どうどうがわごばんすなどめ	""	""	登録有形文化財	その他	神辺町西中条字トウトウ谷	""	""	""	""	""	""		""	""	""	38932	""			""	""	""	""	""	4番砂留の約180ｍ上流に位置する。大型の花崗岩をほぼ6分の勾配で階段状に積み，その上部を布積と谷積の石垣で嵩上げする。三番砂留と同様に緩やかなアーチ平面を描き，緩いなわだるみをつけた石積形式とする。天保6年（1835）頃作られたもので，明治期に増築している。???	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64110.html	""
307	342076	307	広島県	福山市	堂々川6番砂留	どうどうがわろくばんすなどめ	""	""	登録有形文化財	その他	神辺町西中条字トウトウ谷	""	""	""	""	""	""		""	""	""	38932	""			""	""	""	""	""	5番砂留の約220ｍ上流に位置する。ほぼ1割の勾配で大型の花崗岩を階段状に積み，その上部を布積等により嵩上げする。藩政時代に築かれた堂々川筋の砂留の中で最大規模のもので，地域のランドマークとして親しまれている。江戸時代後期に作られたもので，明治期に増築している。??	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64275.html	""
308	342076	308	広島県	福山市	鳶ヶ迫砂留	とびがさこすなどめ	""	""	登録有形文化財	その他	神辺町西中条字トウトウ谷	""	""	""	""	""	""		""	""	""	38932	""			""	""	""	""	""	"5番砂留の上流で本川に合流する堂々川右支に位置する。大型の花崗岩をほぼ7分の勾配で階段状に積む。平面は緩やかなアーチを描く。急勾配の渓流の上流部に築かれた大規模な砂留で，護岸の安定をはかっている。江戸時代後期に作られ，明治・大正期に増築している。

"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64276.html	""
309	342076	309	広島県	福山市	信岡家住宅主屋 ほか７件	のぶおかけじゅうたくおもや	""	""	登録有形文化財	その他	新市町戸手	""	""	""	""	""	""	8	棟	""	""	39556	""			""	""	""	""	""	"信岡家は当地における西本願寺門徒の代表であり，西本願寺に納入する備後表の畳講の元締で，庄屋を務めた旧家である。文化元年（1804年）に貧民救済のために設立された福山藩の義倉の設立メンバーであり，また幕末まで勘定方なども務めていた。そうした事績により福山藩主の御成もあった屋敷地である。敷地は東西約70ｍにも及ぶ。
当家の備忘録である『繰出記録』には，文政8年（1825年）にあった主屋の火災や，建物の建替えなどについても書かれており，当時の様子を知ることができる。
主屋，東の蔵，西の蔵，炭小屋，茶室及び腰掛，井戸屋形，中門及び塀，長屋門の8件が登録文化財として登録されている。"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64192.html	""
310	342076	310	広島県	福山市	村上家住宅主屋　ほか７件	むらかみけじゅうたくおもや　	""	""	登録有形文化財	その他	今津町	""	""	""	""	""	""	8	棟	""	""	40431	""			""	""	""	""	""	"松永湾を見下ろす丘陵地にある村上家は，かつては「竹本屋」と呼ばれて塩関係・廻船業などを営み，栄えたと伝えられている。
現在の建物は，江戸時代末から明治時代後期にかけて建てられたもので，城郭のような風情の石垣上に建てられた主屋（旧客殿），土蔵造の衣装蔵・米蔵，寺子屋として使われていた納屋，風格のある外観の長屋門など当時の屋敷構えが良く保存されている。
主屋，衣装蔵，米蔵，納屋，井戸屋形，長屋門，腕木門，石垣の8件が登録文化財として登録された。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64193.html	""
311	342076	311	広島県	福山市	福山市福寿会館・福山市福寿会館本館ほか４棟	ふくやましふくじゅかいかん・ふくやましふくじゅかいかんほんかん　ほか４とう　	""	""	登録有形文化財	その他	丸之内一丁目	""	""	""	""	""	""	6	棟	""	""	35626	""			""	""	""	""	""	"福寿会館の前身は，1930年代，海産物商安部和助氏によって福山城旧二の丸北側に建設された広大な別荘である。敷地面積は7395平方メートル，木造平屋建て和式の本館とこれに付随する木造2階建ての洋館，池泉回遊式庭園などで構成されている。第2次世界大戦後GHQに接収された時期もあったが，福山通運の渋谷昇氏に売却され，昭和28年（1953年）に福山市に寄贈された。福寿会館と名付けられ，当初結婚式場として一般に公開されたが，現在は貸会議室や茶室として利用されている。
平成9年（1997年）に和風本館に付随した洋館が登録され，平成24年（2012年）に本館，西茶室，南茶室，西蔵，東蔵の5件が登録文化財として登録された。本館には廊下や天井にいたるまで今日では入手不能と思われる材を多用し，贅をつくした数奇屋建築であり，現在において極めて大きな価値をもつものである。"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64194.html	""
312	342076	312	広島県	福山市	福山市旧佐波浄水場配水池　ほか２件	ふくやましきゅうさばじょうすいじょうはいすいち　	""	""	登録有形文化財	その他	佐波町　城山	""	""	""	""	""	""		""	""	""	41362	""			""	""	""	""	""	"福山市旧佐波浄水場は，芦田川下流の福山市街を望む佐波町城山の丘陵地に位置している。
浄水場施設は，ろか池と配水池および付属建物からなり，大正12年（1923年）１月に起工し，大正14年（1925年）9月に竣工した。中心施設である配水池の建物正面には，点検用入口が張り出して設けられている。配水池はコンクリート造およびレンガ造からなる地下構造物で，上部3mが有効水深とされた。両池は幅1.2mの中仕切り壁によって区画され，さらに中仕切り壁と対壁との間に5個のレンガ造導流壁を設け，その壁に開けられた小間を通し水を環流させ，停滞を防いでいる。導流壁の間にはれんが造のアーチをかけて天井とし，土で覆い芝生を張ることで，気温による水温の変動と浄水の汚染を防ぐ工夫がなされている。　
各アーチ部には天井に換気口が設けられ，換気と池水の酸化を促進するようになっている。配水池そのものは地下施設でありアーチ部より上部が地上に出ているが，周囲を高さ2.0mのれんが造の外壁で囲んでいる。入口上部には，「不舎畫夜」の記念額が掲げられているが，これは孟子・離婁編下の「源泉混混不舎畫夜 盈科而後進 放乎四海」より採られたもので，水が絶えることのないようにとの願いが込められている。
浄水場配水池，浄水場浄水井上屋，浄水場門の3件が登録文化財として登録されている。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64377.html	""
313	342076	313	広島県	福山市	福山市旧山野村役場	ふくやましきゅうやまのむらやくば	""	""	登録有形文化財	その他	山野町　山野	""	""	""	""	""	""		""	""	""	41754	""			""	""	""	""	""	"福山市旧山野村役場は，安那郡山野村役場として1892年（明治25年）に建設された，県東部では現存最古の役場庁舎である。1955年（昭和30年），深安郡加茂町と合併して加茂町山野出張所に，さらに1975年（昭和50年），福山市と合併して福山市山野出張所に改称され，1978年（昭和53年）まで庁舎として使わていた。その後，同年に山野民俗資料収蔵庫（山野民俗資料館）として改修され，現在，市重要文化財「山野民俗資料」564点を含む民俗資料の収蔵・展示施設として活用されている。　　　
建物は幅21.8ｍ・奥行き11.1ｍ・高さ8.1ｍの木造二階建てで，三面に下屋を廻らせ，屋根は入母屋造り桟瓦葺きで，大棟側面の板瓦には「波に鯉」の図柄を表し，鬼瓦にも巧みな意匠を凝らしている。内部は１階が旧役場の執務室で，吏員が宿直に使用した６畳の和室も残っている。２階は幅約9.9ｍ・奥行き5.7ｍの広さの旧議会場で占められており，南端には１階を見下ろす吹き抜けがある。
建築後約120年が経過し，途中何度か増改築が加えられているが，村役場時代の様相を伝える貴重な建物である。"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64378.html	""
314	342076	314	広島県	福山市	南禅坊本堂・南禅坊山門	なんぜんぼうほんどう・なんぜんぼうさんもん	""	""	登録有形文化財	その他	鞆町後地　南禅坊	""	""	""	""	""	""	2	棟	""	""	41992	""			""	""	""	""	""	"南禅坊は浄土真宗本願寺派の寺院で，天正年間（1573～1591年）創建。当初は福禅寺の南隣にあったが，江戸時代中期（正徳六年・1716年）現在地に移転した。『福山志料』には延享五年（1748年），朝鮮通信使（第10回）の学士・書記と福山藩の学者伊藤大佐が南禅坊で接会し，漢詩文を唱和したことが記されており，江戸時代を通して朝鮮通信使の宿舎として使われた。本堂は，文政五年（1822年）火災にあったが，万延元年（1860年）再建した。
本堂は，内部を内陣（ないじん）・余間（よま）・外陣（げじん）に区分し，前面に吹き放ちの広縁（ひろえん），三方に落縁（おちえん）をめぐらしている。要所に組物を多用し，豪華な彫刻を用いるなど，幕末以降に流行する装飾的な真宗本堂である。
山門は，一間一戸の四脚門の上部に，方一間で入母屋造（いりもやづくり）本瓦葺（ほんがわらぶき）の上層を増築し，鐘楼とする。木部には全体にベンガラが塗られ，上層正背面に火灯窓（かとうまど），両側面に円窓（えんまど）がある。軒先には強い反りがあり，異国情緒を漂わせる。上層の懸魚に文化七年（1810年）の墨書があり，朝鮮通信使（第12回）の来朝予定に備えて増築され，現在の姿になったと考えられる。"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64123.html	""
315	342076	315	広島県	福山市	鞆の鍛冶用具及び製品	とものかじようひんおよびせいひん	""	""	登録有形民俗文化財	その他	鞆町　福山市鞆の浦歴史民俗資料館	""	""	""	""	084-982-1121	""	567	点	""	""	44266	""			""	""	""	""	""	"鞆の鍛冶用具及び製品は、古来より潮待ちの港で知られた広島県福山市鞆町において、船具などの鍛造に使われた用具とその製品である。鞆の鍛冶職人の間では、近世以来の家内労働的な徒弟制度が昭和初期まで続けられ、親方と弟子がともに鍛造したが、本件はその当時の手作業による用具を数多く収集している。
鍛冶用具は、鞆の主要製品であった錨や船釘などを製作するために、昭和の中頃まで使われていた用具が一式揃っている。鉄を熱処理する火床に風を送る鞴、作業台の金床、鉄を挟んで打つ箸や鎚、仕上げ道具の鑢やキサゲなど、用途ごとに大小各種が揃う。ほかにも漁網の錘の鋳型や備中鍬の爪なども収集されており、船具類の鍛造にとどまらない製作活動の幅広さが窺える。
代表的な製品は、錨と船釘である。錨は四爪錨や二爪の唐人錨などで、船釘は縫釘、通釘、包釘、貝折釘などの木造船の建造用途によって異なる大小各種が揃う。昭和の中頃までに製作された各種の製品が網羅的に収集されている。"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/280739.html	""
316	342076	316	広島県	福山市	福山市鞆町伝統的建造物群保存地区	ふくやましともちょうでんとうてきけんぞうぶつぐんほぞんちく	""	""	国重要伝統的建造物群保存地区	その他	鞆町鞆字西町の全域並びに鞆字石井町，字関町，字江之浦，字道越町，字古城跡，後地字古城跡及び字草谷の各一部	""	""	""	""	""	""		""	""	""	43067	""			""	""	""	""	""	"福山市は，広島県の東南端に位置し，保存地区のある鞆は福山市中心部から約15kmの距離にある港町である。鞆は瀬戸内海のほぼ中央に位置しており，西の関門海峡と豊予海峡，東の紀淡海峡と鳴門海峡からそれぞれ入り込む潮が，満潮時には鞆沖でぶつかって流れを止め，干潮時には東西に引く。また，周辺の島々が波除けの役割を果たすため，鞆港は古くから潮待ちの港として重要な地位を占め，内海交通の要衝として栄えてきた。
保存地区には江戸時代から昭和３０年代までに建てられた町家主屋や土蔵などの伝統的建造物が良く残っている。２間を標準とする狭い間口の敷地が集積する一方，隣接地を買い取りながら敷地を拡大した商家も見られ，その代表例として重要文化財太田家住宅（おおたけじゅうたく）及び太田家住宅朝宗亭（おおたけじゅうたくちょうそうてい）がある。町家主屋は，切妻造（きりづまづくり），平入（ひらいり），２階建を基本とし，正面に｢オダレ｣と呼ぶ下屋（げや）を設け，本瓦葺（ほんがわらぶき）とするのが江戸時代から明治時代に続く古い形式で，庇が連なる景観が特徴の一つとなっている。寺社の境内には建物と共に石垣や燈籠，石碑等の石造物が残り，港には，江戸後期から明治前期までに整備された，雁木（がんぎ）や船繋石（ふなつなぎいし），常夜燈（じょうやとう），浜蔵（はまぐら）が残っている。
福山市鞆町伝統的建造物群保存地区には，中世の骨格を引き継ぎながら江戸中期までに整えられた地割に，江戸時代からの伝統的な町家や寺社，石垣等の石造物，港湾施設などが一体となって良好に残り，瀬戸内の港町としての歴史的風致を良く伝えている。
"	""	https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64308.html	""
